第120話 祝勝の乾杯
「誠ちゃん、着いたわよ!」
アイシャはそう言って笑った。ハンガーの出入り口には宴会場の設営の為に動き回る各部隊員が出入りしている。
「ヒーローが来たぞ!」
椅子を並べる指示を出していたキムの一言に、会場であるハンガーが一斉にわく。ハンガーのクレーンにはいつものように機関長槍田曹長がしっかりと吊るされている。いつの間にか艦に到着していたのかランが誠達に歩み寄ってくる。
「いいタイミングだな。飲み会か?アタシも西園寺の親父さんから土産もらってきたからよ。西園寺!ラム一ケースあるがどうする?」
「糞餓鬼!アタシのは誰にもやらねえよ!まあ神前にならあげても良いかも知れねえがな」
かなめはそう言うとランが指さした木箱に向けてそそくさと走り去った。
「来たわね!神前少尉はそこに座って!」
凛とした調子で明華が誠達に声をかける。そこは上座らしく明華、吉田、マリアが腰掛けている。誠はそのまま手を差し出すマリアに導かれてそのテーブルに引かれていく。
「アタシ等はどうするんだよ!」
木箱から一本ダークラムの瓶を取り出してきたかなめが口をとがらして抗議した。
「かなめちゃん達は隣に座れば良いじゃない。シャムちゃん!シャムちゃんも隣ね!」
「アイシャありがと!」
いつものように猫耳をつけたシャムは誠達の隣の鍋を占拠する。
「お前は食うのを遠慮しろよ。今回はメインは神前なんだからな!」
かなめがその驚異的食欲の持ち主シャムを牽制する。だが全員がそれが無駄だろうと分かっていた。
「肉が来たぞ!誰か手伝えよ!」
炊事班が手に肉と野菜を持ちながら、嵯峨を先頭に現れた。
「技術部員!全員食材及び酒類の配置にかかれ!」
明華の一言で、つなぎ姿の整備員が一斉に動きだす。
「ここは多めの奴くれよ!」
箸で小皿を叩いて待ち構えているシャムを横目にかなめは叫んでいた。
「さあ肉だ肉だ……入れるぞ!」
かなめはさっそく肉のほとんどを土鍋の中に放り込む。
「だしは良いのか?」
カウラは不安そうにかなめに尋ねる。
「そう言えば、昆布は?」
シャムは明らかに自分の行動を後悔している顔のかなめに目をやった。
「いざとなったらあそこからもらえば?」
アイシャが指差した先では昆布をぐつぐつ土鍋で煮込んでいる嵯峨と、横で酒に燗をしているマリアがいた。
「正確な判断力に欠けて、感情に流される。西園寺の悪いところよね」
こちらもだしをとっている明華は、淡々とにんじんを土鍋の底に並べ始める。
「うるせえ!腹に入れば同じだ!」
かなめが怒鳴る。カウラは呆れたような表情で黙り込んでいる。そしてアイシャは早速、かなめの鍋を見限って他の鍋への襲撃を考え始めているようだった。一方の食べられればいいという質のシャムはぜんぜん分かっていないような笑みを浮かべていた。
「まあ良いじゃないですか。ビール回ってますか」
誠がなだめるように顔を出したので少しばかり怒りを沈めたかなめが缶ビールを受け取る。
「私ももらおうか?」
カウラのその言葉。周りの空気が凍りついた。誰もが酒を手にするカウラを見るのが初めてだった。
「おい、大丈夫なのか?」
さすがのかなめも尋ねる。
「何があったんです?」
コップを配りにきた島田が変な空気を読めずにカウラにコップを渡す。
「カウラちゃんがね、ビール飲むって」
「まさかー。そんなわけないじゃないですか!ねえ。いつものウーロン茶を運ばせますから」
「いや、ビールをもらおう」
カウラのその言葉に島田の動きも止まった。
「大丈夫か?オマエ。なんか悪いものでも喰ったのか?それとも……」
にらむ先、かなめの視線の先には誠がいた。
「僕は何もしてないですよ!」
「だろうな。テメエにそんな度胸は無いだろうし」
「まあ飲めるんじゃないの?基礎代謝とかは私達はほぼ同じスペックで製造されているから」
乾杯の音頭も聞かずに飲み始めているアイシャがそう言う。
「アイシャ!ちゃんと待て。隊長!乾杯の音頭、お願いします。って隊長!何してるんですか!」
明華のその声に周りのものが嵯峨のテーブルを見ると。既にマリアと二人で熱燗を手酌で飲み始めていた。
「すまん。明華頼むわ」
やる気がなさそうに嵯峨は明華に丸投げした。
「じゃあ失礼して」
明華が回りに普通の声で挨拶する。
「総員注目!」
大声で島田が叫ぶと、土鍋を前にしてじゃれ付いていた隊員達が明華に向き直る。
「実働部隊隊員諸君!今回の作戦の終了を成功として迎える事ができたのは、貴君等の奮闘努力の賜物であると感じ入っている!決して安易とは言えない状況下にあって、常に最善を尽くした諸君等の働きは特筆に価するものである!私は諸君等の奮闘に敬意を、そして驚愕の念を禁じえない!」
「いつもの事ながら上手いねえ」
はきはきとした口調で隊員に訓示する明華を、かなめは感心した調子で眺める。
「西園寺さん。普通これは隊長の台詞じゃないんですか?」
ニヤつきながらラムのグラスを進めるかなめに誠は小声でささやいた。慣れた島田の段取りから見ても、この部隊の最高実力者が明華であることは明らかで、こういった席でも仕切るのは彼女なんだと誠にもわかった。
「今回の作戦では警備部に三名の負傷者が出たのが残念であったが。三人とも軽傷であったことは幸いであると言える。今後、予想されるさまざまな状況の変化に対応すべく諸君等は十分に……」
「長えな」
ぼそりと嵯峨が呟くのを見て、明華は手早く挨拶を切り上げる決意をした。
「実力を発揮して部隊の発展に寄与する事を期待する!では杯を掲げろ!」
誠、かなめ、カウラ、アイシャ、シャムが杯を掲げる。他のテーブルの面々もコップを掲げている。嵯峨もめんどくさそうに猪口を持ち上げる。
「乾杯!」
『乾杯!』
全員がどっと沸いて酒をあおる。
シャムがテーブル全員のコップと乾杯をすると、さらに明華達のテーブルに出かけていく。
「乾杯!」
シャムは一人一人そばによっては乾杯をせがむ。
「元気だねえ……」
「隊長も!」
猪口を軽く上げる嵯峨にシャムはグラスを差し出して乾杯した。場は完全に宴会モード一色に染まった。
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