第十八章 戦闘を前に

第92話 剣士の成長

「お疲れ。伊達に幹部候補で入ってるわけじゃないんだな。本当に成長が早い」 


 マリアはその青い眼で、シミュレーターからだるそうに出てきた誠を褒め称えた。


「そんなに褒めても、何も出ませんよ」 


 正直、誠は照れくさかった。それなりに運動神経はあると自負していたが、その自負は軍に入隊してすぐのパイロット研修を始める前から打ち砕かれていた。


 射撃と言うものをまるっきり経験していない東和の青年の平均からしても、誠の銃器関連に関する相性の悪さは誠を絶望させた。東和の重視するアサルト・モジュール用重火器の使い方にいたっては、いつも最下位ばかりだった。


 システムのトラブルを予定してオートではなくマニュアルロックオンの正確さを重視する東和軍教導隊との演習では、持ち前の反射神経で最後まで生き残るものの、反撃どころかロックオンさえさせてもらえずに袋叩きにされるという芸当を見せ付けていた。


 しかし、今、05式用のシミュレーターにいる誠にはサーベルがあった。一応は剣術道場の跡取りである。物心つくころには既に木刀を振っていた。間合いの取り方が甘いと母親には常日頃言われて、砂を噛みながら幼児期を過ごし、中学で野球を始めるまで誠は竹刀を振らない日は無かった。そして今では師範である父との対決ではほぼ互角の勝負を挑めるようになっていた。


 そして05式でもその経験は生かされていた。


 いや、むしろそれ以外に活路が無い誠にとっては、下手な火器の使用許可など逆効果だったかもしれない。事実、法術兵器の使用が出来るようになってからはアイシャ、パーラの前衛組みとの勝率は7割を超えた。今回も二人を蹴散らした後マリアと相打ちに持ち込むまでになっている。


「シュバーキナ大尉、神前君。ジュース買って来たから。一緒に飲みながら反省会しましょう」 


 自動ドアが開いて、誠が瞬殺したパーラがそう言った。一緒に入ってきたアイシャはいつものように下品な笑みを浮かべている。髪を整えているマリアの横をすり抜け、誠はアイシャが持ってきたコーラの缶を受け取った。


「でも本当に凄いわね先生は。もう私達じゃあ相手にしてもらえないんだものね」 


 マリアにコーヒーを渡しながらアイシャが苦笑いを浮かべている。ロングレンジでの戦闘が得意な彼女にとって至近距離に現れて格闘戦を挑んでくる誠はちょっとした脅威だった。


「確かにそうよね。あの機体前方に展開する結界みたいなの広げられたら私達は手も足も出ないもの」 


 オレンジジュースを明華の分として中央のテーブルに置くと、パーラはそう言いながら笑った。


「あんまり新人褒めるもんじゃないわよ。図に乗って死なれちゃあ後味悪いわ」 


 ようやくシミュレーターから顔を出した明華が口を挟んだ。


「確かにそうだけど……でも一番神前を買ってるのは許大佐じゃないですか?昨日だって『ただの変態じゃないわね』って言ってたし」 


 マリアがうかない顔の明華を宥めるようにした。


「変態ですか?」 


 思わず誠は苦笑いをした。確かに配属以降、脱ぎキャラと言う事で部隊全員が誠を理解している事は知っていた。酒を限界以上飲むと脱ぎだすのは理科大の野球サークルの伝統芸であり、一応はそこのエースだった誠もその遺伝子を色濃く受け継いでいるのも自覚していた。


「まあでも西園寺が本気を出した時に比べたらまだまだだから、気を抜くなよ」 


 マリアはそう言うと部屋の中央のモニターを切り替え、先ほどの模擬戦の模様をはじめから映し出す作業に入った。


 スクリーンに介入空間を展開する誠の機体が大きく映し出される。


「相変わらず凄まじいな」 


 無心にそれを見ていたマリアが賞賛を送る。他の面々もこの映像に引き付けられていた。


「明華。いいか?」 


 全員がびくりと肩を震わせて後ろを見る。まったくもって気配と言うものを感じさせずに嵯峨がそこに立っていた。


「驚かしてすまんが、ちょっとこいつ借りたいんだけど」 


 嵯峨は動ずることなく誠の方を指差した。


「まあいいですけど、いつの間にいたんですか?」 


 呆れた調子で明華はそう尋ねる。


「パーラの後ついて入ってきたから……結構前から居たんだけどな」 


 頭をかきながら嵯峨がそう答える。


「私は全然気づきませんでした」 


 パーラが言い訳のようにそう言った。


「しかしあれを初回から展開したんだろ?しかも二回もだ。誠……お前疲れてないか?」 


 珍しく嵯峨は心配そうな瞳を誠に向けた。


「とりあえず大丈夫ですけど」 


「まあそんなに焦る必要は無いからな。明華、とりあえずこいつ借りるんでよろしく」 


 嵯峨はそう言って誠を連れてシミュレーションルームを出た。


「急用ですか?」 


「まあ、あれだ。出撃タイミングとかは全然話してなかったろ?まあそこを含めての打ち合わせも必要だと思ってな」 


 相変わらずやる気の無い調子で嵯峨はエレベーターのボタンを押す。


「師範代のことですから、また何か最新情報でも手にしているんじゃないですか?」 


「別に。俺以外に聞いても同じような情報だけだよ。現在外部との音信を途絶して司法機関や海軍部隊と対峙している胡州帝国陸軍の基地は23箇所。我々が到着するのは明日以降になるからそれまでにも増えるんじゃないかな?」 


 まるで他人事だ。嵯峨のそう口走る表情を見てもこれらの現象になんの関心も持っていないことだけは確かなようだった。だがそんな誠の視線などお構いなしに嵯峨は死んだ瞳でじろじろと誠を眺める。


「それにしてもここまで成長するとはな。だが、実戦て奴はそう甘いもんじゃないぞ。それは覚えておいた方が身のためだ」 


 何度か胸ポケットのタバコを触りながら、嵯峨はそう言った。


「ここは禁煙……」


「わかってるよ」


 嵯峨は誠の方をめんどくさそうに一瞥すると隊長室を通り過ぎて喫煙所へと歩いて行った。

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