第十六章 追い詰められた国士

第90話 追い詰められた国士

 誠がアイシャと一緒にマリアに連れられて食堂に到着した時は、まだ夕食には早い時間だった。食堂はがらんとしていて、手が空いたばかりらしい整備員が三人、部屋の片隅で気まずそうに茶を啜っている。そしてその表情は暗く、落ち着きが見られない。


 原因はかなめだった。


 牛丼、親子丼、カツ丼。これを目の前に並べながら、不機嫌そうに三ついっぺんに口にかきこんでいた。


「西園寺!一緒に食べないか?」 


 マリアがそう呼びかけるとかなめは箸を止め、一瞬マリアの方を見たが、また視線を落として牛丼からカツ丼にどんぶりを持つ手を変えただけだった。


「神前!何にする?」 


 備品購入用のカードを持ちながら、マリアは後ろについてきた誠に語りかける。


「そうですね。じゃあ焼肉定食で」 


「姐御の奢りだとずいぶん豪華なもの食べるじゃねえか」 


 かなめがワザと三人の耳に届くぐらいの声で独り言を言った。


「西園寺。そんな態度はなんだと思うぞ。しかも貴様はいつもの直接操縦じゃなかったんだから……運がなかったんだよ」 


 マリアがそう言うと、少しばかりかなめの表情が緩んだ。


「そうですねえ。まあ直結操縦だったら瞬殺だな」 


 ようやくドンブリを手放してかなめが誠達を眺めた。だがそこにアイシャがいることに気づいて、まるで子供のように頬を膨らませると、今度は親子丼を食べ始める。


「神前これを。私は野菜炒め定食にしよう。それとクラウゼ!謝らなければならないときはちゃんと謝った方がいいな」 


 ワザとかなめが視界に入らないように後ろを向いているアイシャを諭すように、マリアがきつい調子でそう言った。


「さっきはお姫様のお気に入りの新人君といちゃついてすいませんでした!」 


「んだとこら!誰が誰のお気に入りだ!」 


「クラウゼ!」 


 マリアがテーブルを叩いた。その音でかなめとアイシャが正気に戻る。


「分かりました!マリアがそこまで言うのなら。でも先生はあげないけど」 


「別にアタシは新入りの事で怒ったんじゃなくて……。そうだお姫様扱いは取り消せ!アタシは家の話をされるのが嫌いだって知ってるだろ?」 


「分かったわよ!かなめちゃんはかなめちゃんだと言うことで」 


「それでいい。新入り!とりあえず席とってあるから、ここ座れ」 


 ようやく機嫌を直したかなめが、殆ど空席だらけだというのに左側の席を叩いてそう言った。


「本当に素直じゃない奴だ」 


 ようやく和やかになった食堂の雰囲気に満足したように、マリアはそう言うとカウンターに向かった。誠もまた二人の上官がようやく落ち着いたのを見計らってマリアの後に続いてカウンターに向かう。厨房担当の隊員から焼肉定食を受け取ると、誠は腕組みをして待っていたかなめの隣に座った。


「やっぱ肉だよな!肉!」 


 かなめは先ほどの不機嫌はどこへ行ったのかと言う風に快調に牛丼をかきこんだ。


「あーあ!やっぱり現役にはかないませんなあ!ああ、マリア、もう来てたんだ。カウラ奢ってあげるから食べていかない?」 


 今度は明華が大声を上げながら食堂に入ってきた。彼女は時々携帯通信端末を開き、ボタンを操作してハンガーの整備員に指示を送っていた。


「じゃあ私は……」 


 カウラはかなめの三つのドンブリの横に置かれた誠のトレーを見ると自然と口を開いた。


「焼肉定食で」 


 それまで無心にドンブリの底に残った汁ダクのご飯を口の中に流し込んでいたかなめが、その言葉を聞くと鋭い視線をカウラに投げた。


「西園寺!」 


 マリアが空気を読んでかなめを咎めた。かなめは敵わないと知って、またドンブリ飯に集中する。


「それよりマリア。ついにかなめのお父さん。腹くくったみたいよ」 


 通信端末を開いていた明華が口を開いた。かなめは視線は送りながらもどんぶりにがっつく振りをしている。


「やっぱり陸軍相の更迭?それとも戒厳令かしら?」 


「両方。新しい陸軍相には醍醐中将が就任するらしいわね」


 その言葉にかなめは箸を休めて頬杖を付いてしばらく考え込む。 


「オヤジの奴、自分のシンパで軍を固める気だな。そうなると第六艦隊も動いたんじゃないのか?」 


 ゆっくりとドンブリを置きながらかなめが口を開く。


「相変わらず鋭いわね。先ほど最終勧告を手に、第六艦隊付作戦部長が近藤中佐の所に行ったみたいよ」 


 明華は食券を選びながらそう言った。


「いまさら遅いねえ。どうせ到着したら軟禁されること確定じゃないか」 


「西園寺。どうしてそれが分かる」 


 焼肉定食のトレーを受け取ったカウラがかなめの正面に座り、割り箸を割りながらそう尋ねた。


「これで近藤の奴も、完全に自分の退路を絶たれたことくらいわかるだろ?叔父貴の直参が動いていることがわかった今、もうあの御仁にはもう選択肢なんて無いんだよ。救国の英雄になるか、それともただの犯罪者として吊るされるか。まあ音を上げて親父のひざ元に泣き付かないのは、一派閥の領袖としては評価してもいいんじゃないか?」 


 そう言うとかなめは最後まで残っていた親子丼のご飯を口の中にかきこんだ。


「つまりこれから向かう先の敵は死ぬ気で向かってくると?」 


 カウラはやかんに手を伸ばし湯飲みを差し出したかなめに茶を注いでやった。


「近藤の旦那が次の手を考えられるのは、アタシ等を手持ちの兵力で駆逐できた時だけだ。ただ叔父貴があいつ等に死に花咲かせてやるほど善人じゃないのも事実だからな。さてどう動くか?」 


 いかにも上機嫌に、かなめはそう言うと湯飲みの茶をゆっくりと啜った。


「死に物狂いの敵……」


 誠はかなめの言葉にこの先の戦いが極めて厳しいものになるであろうと想像して身が引き締まる思いだった。

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