第65話 緊迫する演習場
シャムはおびえたように吉田の影からカウラの様子を見つめていた。そんなシャムを長身の女性の手が抱きしめた。
「よしよし怖いねえ、でもその顔もミニマムでかわいいねえ!」
アイシャ・クラウゼ大尉だった。いつの間にか来ていた彼女はそのままシャムに覆いかぶさるようにして抱きしめる。
「暑苦しー!やめろー!アイシャー!」
抱きつかれてシャムはじたばたと手足を動かしている。
「クラウゼ、ブリッジの方はいいのか?」
カウラがそう言ったのでアイシャはシャムから手を離すと、頭を撫でながらカウラに向き直った。
「ああ、火器管制システムが更新されたとかで、サラがてんてこ舞いだけど、まあ私の方の仕事はしばらくなさそうだから」
「おい吉田の!オメエこんな所でシャムと遊んでていいのか?」
食堂から飛び出してきたかなめが、相変わらず火のついていないタバコをくわえたまま話しかけた。
「ああオヤッサンなら茶室で許大佐と、マリア、それとラン相手に作戦の説明してるとこだよ」
ガムを噛みながら呆けた調子で吉田はそう言った。
「それをオメエがシステムで外から監視してると。ホント性悪人形だな」
「うるせえ!それよりお前等から今回の演習に関する質問が無いのがなんと言うか……正直、情けないな」
悠然と構えて吉田はかなめをにらみ返す。かなめは見事にその挑発に乗って残忍そうな笑みを浮かべた。
「んだと!この野郎!どうせ演習場でなんかやべえこと……」
「だからそのやばいことがなんだか推測ぐらいつけてみろってことだよ」
噛んで含めるように吉田はそう言った。誠は先日の嵯峨からの言葉を思い出していた。
「じゃあ鈍い西園寺でも分かるようにヒントをやるよ。まず、食堂に運ばれたキャベツの箱の製造元は?」
「遼南中央高原夏キャベツだな」
かなめが忌々しげにそう漏らす。吉田はニヤリとして一つ間をおいた。
その間がさらにかなめを苛立たせる。
「次のヒントだ。シャム!お前の山岳レンジャー教習の教え子から連絡届かなかったか?」
今度は吉田はシャムに尋ねる。
「ええとねえ。青銅騎士団(ブロンズナイツ)の子から元気でやってるってメール着てたよ!」
「吉田!何で遼南の近衛第一騎兵隊と……!」
かなめはようやく事態が飲み込めたと言うように目を光らせる。
「図ったな。隊長は」
かなめとカウラが目を合わせた。
遼州最強と呼ばれるアサルト・モジュールで編成された精強部隊、近衛第一騎兵隊、通称『青銅騎士団(ブロンズナイツ)』。現在、彼等がアステロイドベルトでの演習を行っているというのは、誠も新聞の記事で知っていた。
「アタシ等の演習時にわざわざ遼南の大規模演習……青銅騎士団は囮か?じゃあ……どこが動く?」
かなめの視線がアイシャに走る。
「そうねえ、私達が演習場のデブリ帯の敵と戦っている間に乱入してきてもらって困るところと言えば筆頭はアメリカ海兵隊ね。あの宙域にはそれなりの勢力が配置されていたはずよね」
アイシャはそのままカウラの表情をうかがう。
「遼南に思うところがあるのは同盟内部でも多いぞ。特に西モスレムは未だ東モスレムの遼南への併合に国内世論は納得がいっている様子は無い。先の大戦で胡州のコロニーが有ったポイントに宇宙艦隊を待機させているはずだ」
カウラの言葉に事がひとたび起これば大ごとになることが分かっていく。
「どれもアタシ等の相手にするには部隊の規模がでかすぎるな。すると、叔父貴の今回の狙いは胡州帝国軍、国権派の首領、近藤忠久中佐……か」
誠は急にこれまで見たことの無いかなめの無表情に寒気を覚えた。現在の義体製作技術は殆ど生身の人間と区別のつかない表情を使用者に与える。しかし、今のかなめには表情がまるで無かった。暗い眼差しからはよどんだ殺気がもれている。
「遼州の演習区域はアメリカ海兵隊の連中が駐留しているコロニー軍の隣だ。遼南の精強部隊を囮にしてそちらに米軍をひきつけて本命の近藤を叩く。考えたな叔父貴も……」
誠はかなめが一瞬だけ残忍そうな笑みを浮かべるのに恐怖を覚えた。
「これは情報源は伏せとくけどな、第六艦隊司令の本間少将と近藤中佐が犬猿の仲だって噂もある……いや西園寺なら知ってるんじゃないか?近藤中佐の略歴ぐらい」
吉田がけしかけるようにして、かなめの顔を見つめた。
明らかに不機嫌そうにかなめは語りはじめた。
「胡州海軍統合作戦本部付のいけ好かないエリート士官だよ、あのおっさんは。アタシも海軍特務隊の助っ人で何度かあのおっさんの立てた作戦指示で行動したが、ひでえもんだよ。現場の兵隊も軍人である前に人間だ。それなのに奴はまるであたし等が機械か何かみたいに、タイトで残忍な作戦立てやがる」
かなめは吐き捨てるようにそう言って吉田をにらみ付けた。
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