第56話 面子もそろったということで

 部屋を見回すかなめに続いて、自分の髪の色に似た薄い緑色のカーデガンを羽織ったカウラが宴会場に入ってきた。


「意外と早かったじゃん」 


 吉田は豚玉を鉄板の上に広げながら、かなめとカウラに向けてそう言った。吉田の隣でおまけのように隣に座っているシャムはすでに豚玉に夢中である。


「吉田ー。オヤッサンが何考えてるか知ってるか?今日は同盟機構の軍事関連の実務者会議で、東都訪問中の胡州海軍軍令部長と一席設けてるって聞いてんだけど……それに今度の宇宙での訓練も、わざわざ胡州の第三演習宙域を借りたっつう話だし」 


 ランは小夏が持ってきた冷酒を受け取ると、小さめのガラスのお猪口を手にする。


「気がきかねえなあ、うちの隊長は」


 かなめはそう言うとカウラの前に無理に体をねじ込んでランに酌をした。カウラは別に気にする様子も無くかなめの行為を不思議そうに見つめている。 


「知らねえよ。あそこが訓練に向いてるからって事しか聞いてないし。それ以前にあのおっさんの考えてることなんて読めるわけ無いじゃないか」 


 そう言うと吉田はつきだしに箸を伸ばす。


「そーか。なんかオメーをあてにしたアタシが間抜けみたいだな。神前、気にせずジャンジャンやれ」 


 誘拐事件に不自然な演習区域。あまり気分のいい出来事は起きないものだと思いながら誠はたこ焼きを口に運んだ。


 熱い。誠はそのまま勢いで口にビールを流し込んで冷やす。


「じゃんじゃじゃーん!ブリッジ三人娘到着です!」 


 そう叫ぶアイシャが、死んだ鯖の目のパーラとサラをつれて上がってきた。その後ろから春子が注文の品を運んでくる。


「またややこしいのが」 


 ランは下を向いてため息をつく。


「かなめちゃんとカウラちゃんは相変わらずねえ。まあ別にいいけと……先生!夏コミの売り子、頼んじゃって良いかな?どうやらアタシは今度の演習後に艦長育成プログラムが入っていて出れそうにないのよ」 


 そう言うと空いていたランの隣の上座に席を決めてアイシャは座り込んだ。


「えー!アイシャ居ないの?」 


 シャムが思わず声を上げる。


「しょうがないじゃないの!仕事なんだから。その代わりパーラとサラ、それに他のブリッジクルーも手配するから。他には……」 


 アイシャは指を数えて動員する面子を考えている。


「オメー等は何見てんだよ!」 


 ランはそう言うと手酌で日本酒をガラスの猪口に注いだ。しかし急にアイシャ達とシャムから射るような視線を浴びて、さすがのランも目を伏せた。


「中佐殿が売り子?いいんじゃないの。別にフリーの時まで拘束しなくても。それに隊長はこういうお祭り騒ぎは好きじゃん?」 


 吉田は別に気にする様子でもなくジョッキを傾けた。


「そうね、もし良かったら小夏もつれてってくれる?あの子はシャムちゃんと同じでお祭り大好きだから」


 春子の言葉にアイシャが嬉しそうに小夏を見上げた。


「へえ、姐御の頼みなら……」 


 少し遠慮がちにつぶやく小夏に飛び起きたアイシャが抱きついた。


「おお!心の友よ!」 


 その大げさなアクションに、死んだ目をしていたパーラとサラは呆れたように目の前に置かれたビールのジョッキを息を合わせたように傾けた。春子が置いたたこ焼きを口に放り込むランの視線がアイシャに向かった。


「つまり次の演習が終わったら、コミケにしろ研修にしろ部隊を留守にするいうことだな?」 


 ランの死んだ視線がアイシャをにらみつける。


「そうですね。まあ、東都の国防省の会議室で座学をするだけだから、売り場に顔くらいは出せると思うけど」 


 アイシャはあっけらかんとそう答える。そこには『部隊に顔を出す』と言うランが期待していた言葉は無かった。


「演習ですか?」 


 島田、キム、菰田の視線がランに集まる。


「今日、ヨハンが来れんのも特殊機材の搬入があるからな。今頃は許大佐が仕切って特機全部ばらして新港まで運ぶ段取りしてるはずだ。……そう言や島田、お前仕事はどうした?アサルト・モジュールの整備はオメーが責任者だろ?」 


 たこ焼きをつついている島田にランがそう尋ねた。


「たまにはヨハン・シュペルター中尉殿にもお仕事してもらわねえと不味いっしょ?それと姐御に新人を誘っての飲み会があるって言ったら行って来いって言われたもんすから」


 そう言う島田にかなめが流し目を送る。 


「あれじゃね?明華の姐御はチビ中の保護者気取りだから……」 


 かなめの言葉に、ランは口にした日本酒を噴出しそうになる。そして何とかこらえると、お絞りで口の周りをぬぐった。


「西園寺。誰がチビ中だ!」 


 そう言うとランは一息ついたのか落ち着いた様子でカウラとかなめを見た。


「そういや、神前が明後日からの演習の話しを知らねーと言ってたが、カウラに西園寺。オメー等、話ししてなかったのか?」 


 かなめとカウラは顔を見合わせる。


「そういやあ言ってなかったなあ、カウラは?」 


「入隊した時の書面一式の中に演習の予定に関する書類も入れてあったはずだ。場所は変更になったが……見ていなかったのか?」 


 カウラが鋭い視線を誠に向けてくる。


「すいません。いろいろあったので」


 頭を掻く誠を見ながらカウラは枝豆を口に運んだ。 


「まったく。ちゃんと渡された書類くらい目を通しておけ」 


 そしてカウラは烏龍茶をすする。


「まあそう責めるな。初めての配属部署だ、少しくれー緊張するのも当たり前だろ?神前。まあ気にするな」 


 機嫌のいいランはそう言って神前を慰めた。


「仕事の話はおしまい!先生!裸踊りはまだですか?」 


 少し出来上がっていたアイシャが誠にまとわりついてくる。それほど飲んでいなかった誠は、怒る以前に当たってくる胸のふくらみを感じて視線を落とした。


「こら!テメエ何をするんだよ!」


 誠にくっついて離れないアイシャをかなめは引き剥がした。 


「なに?かなめちゃん。あなたがいつも先生のコップに細工してべろべろに酔わせてたの知ってるのよ。さあ本心では一体何を期待して……」


 かなめの顔にアイシャが迫る。 


「馬鹿言うんじゃねえ!アタシは単純に好奇心で……」


 言い訳をするようにかなめは視線を落とした。だが、アイシャはあきらめようとはしない。 


「そうかしら?ねえ?ホントにそれだけ?」 


「うるせえ!酔っ払いは黙って寝てろ!」 


 かなめにもまとわり着こうとするアイシャに、かなめはそのまま自分の席に移ろうとする。それで勝機を感じたのか、アイシャはさらにべったりと誠に絡み付いてきた。


「こうして……抱きついちゃう!」


『離れろ!アイシャ!』 


 思わずカウラとかなめが二人で叫んだ。アイシャはかなめの反応は予想していたが、カウラからそんな言葉を聞くとは思っていないとでも言うように、名残惜しそうに誠から手を離した。


「へえー。カウラちゃんもようやく自分の気持ちに素直になれるようになったのね!嬉しい」 


 アイシャはワザと大げさにそう言った。カウラはその言葉で、自分が何を言ったのか理解したとでも言うように誠の視線から目を逸らした。


「そのー、あれだ。私の部下なのだから、それなりに……」


 カウラは小声で恥ずかしそうに下を向く。


「もう!ピュアなんだから!」 


 そう言ってけたたましい声で笑うとアイシャは誠の飲みかけのジョッキを取り上げて煽った。 

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