第49話 特別チューンの専用機
「おやっさーん」
突然背後から叫び声が響いた。グラウンドで球拾いをしていたはずの島田曹長が整備員のつなぎに着替えて射場の誠達に駆け寄ってきた。
「おう、ようやくセッティング終わったか?」
嵯峨は島田に向かってそう言うと、タバコを投げ捨てた。
「ええ、吉田少佐のデバックが終わったんで。おかげで乙型はダンビラ装着時のバランス計算もばっちりですよ」
そこまで言うと島田は射撃レンジに座り込んだ。
嵯峨は島田の方を一瞥するとかなめとカウラに声をかける。
「よし!それじゃあ、場を変えようや」
嵯峨はそう言うとそのまま島田のあとをついてハンガーへと向かった。
かなめはいかにも憎たらしいというような表情で誠を一瞥した後、拳銃をホルスターにねじ込んで嵯峨の後に続いた。誠達もそのあとに続いてハンガーを目指す。
夏の日差しが照りつける。カウラの後ろについて歩く誠は汗を拭いながら続いた。
「暑くないですか?」
誠のその言葉にカウラはエメラルドグリーンの髪をなびかせて振り向いた。
「それは気持ちの問題だな」
そう言うカウラの額にも汗が光っているのがわかる。ハンガーの前にできていた人垣はすでに跡形も無くなっていた。
グラウンドでは技術部付き中尉のヨハン・シュペルター、技術部小火器班長のキム・ジュンヒ少尉、それに管理部の菰田邦弘主計曹長の三人がランニングを続けているのが誠の目にも見えた。
「ちょいちょい……」
嵯峨が、何気なく半分閉められたハンガーの扉の向こうで手招きするのにあわせて、誠はハンガーに入った。
「とりあえず靴の泥落としてよ。新品を汚されたらたまらないから」
明華は誠達の方を振り向きもせずそう言うと、隣に控えていた整備班員に目配せした。彼は奥の荷物置き場に走っていき、すぐさま搭乗用のブーツを手に戻ってきた。誠はそのままブーツを受け取ると足を押し込むようにして履いた。
その様子を確認した明華は、そのまま隣のシステム担当の技官の差し出す資料の確認をすると、誠に向き直った。
「じゃあ早速乗ってみて」
そう言うと明華は誠をコックピットに上がるエレベーターに招き入れた。
「これが05式乙型ですか……」
確かめるようにして誠は明華にたずねた。
「そうよ、まあ隊長にも聞いてるんでしょ?こいつの特殊なシステムについては今は話せないの。特定のパイロットのある『特殊な』能力が露骨に戦闘能力に反映する機体とだけ言っておくわ……」
明華の誠を見る目はあまり彼女が誠に期待していないことを物語るように冷たかった。
「そうですか」
誠は自分がこの部隊の実質ナンバーワンといわれる明華に期待されていないことを感じて落胆していた。
軍事評論家をしてコストパフォーマンスを無視した精強部隊用特機である05式乙型。そのパイロットに自分が採用されたのは何故か?搭乗通路に上がるエレベータでもそのことを考えていた。
見下ろせば夏季勤務服姿の二人、かなめは好奇の目でカウラは心配そうに誠を見つめていた。
誠はコックピットの前で止まったエレベータから身を乗り出すと、ようやく決心がついたようにコックピットに乗り込んだ。
エンジンの暖気が済んでいると言うことを確認した後、そのままシートに尻を落ち着けた。新品のコックピット。調整項目の札が何枚も貼られた計器板。操縦席の座り心地を何度か確かめ、両手を操縦桿に添えて何度か動かしてみる。
「とりあえずハッチと、前部装甲板、下ろしてみて!」
操縦席の横に置かれていたヘルメットから、明華の金切り声が響く。
誠はヘルメットをかぶると指示通りハッチと前部装甲板を閉鎖した。
静まり返った暗い空間が一瞬にして全周囲モニタに切り替わり、ハンガーの中に固定された05式の周りの風景を映し出した。
足元では、かなめとカウラがなんとなく不安そうに見上げている。整備員達はそれを取り巻きながら、自分達の整備の成果を見ようと息を呑んで見つめていた。
「とりあえず、ご希望のアサルト・モジュールのコックピットに座った感想はどうよ」
モニタの一隅に開いたウィンドウの中でヘッドギアをつけた明華が笑いながらそう問いかけてくる。
「うれしいですよ。それにこんな機体、本当に僕専用で良いんですか?」
その言葉を誠の謙虚さと受け取ったのか、明華は微笑んで見せる。
「まあ慣らしさえしっかりやってもらえれば、それなりに動く機体だから。それに怖いお姉ちゃん達の訓練が待ってるから、ウチじゃあ一年もすれば立派なパイロットになれるわよ」
『怖いお姉ちゃん』と言う言葉を聴いて誠は下を見下ろした。
この音声は全館放送されているらしく、かなめがカウラに押さえられながら何か喚いていた。
誠は計器板を見ていた。
養成所でのシュミレーターとは若干違う配置だが、意味はすぐに理解できた。
「許大佐。設定見ても良いですか?」
少し興味を引かれて誠は設定変更画面にモニターを切り替える。
「ああ、あんたは一応機械のことも分かるんだったわね。良いわよ、おかしい所は無いと思うけど」
誠はその言葉を受けると設定公開の操作をする。画面にはオペレーションシステムの設定が並んでいた。
弄り倒してある。そんな印象だった。
全ての項目に設定変更を示す赤い文字が浮かんでおり、特に機体の空中、及び宇宙空間での制御関連はまるっきり変更されていた。
全ての原因は後付けされた右腰につけられた熱反応型サーベルの重量により発生したバランスの狂いを直すものだった。
「許大佐……」
正直ここまでオペレーションシステムの設定をいじってあると不安になる。誠は眼下で誠の機体を見上げている明華に声をかけた。
「言いたいことは分かるわよ。でもあの吉田が本部のメインコンピュータにアクセスして、計算かけて調整した結果だから安心していいわよ。まあ、隊長の指示でダンビラ後付したから、そこらへんで設定変更が必要だったわけ。それに、射撃が苦手て言う話しだからそれに合わせていろいろと照準系をいじってもあるから」
あたかもそうなったのが誠のせいであるかのように聞こえて、少しばかりムッとした。誠はそう言いながら今度は深くシートに体を沈めた。訓練校のシミュレータのそれより硬い感触だがすわり心地は決して悪くは無い。
鼓動が高鳴るのを感じていた。最新スペックのアサルト・モジュールを独り占めできるということで、自然と誠の顔には笑みがこぼれていた。
「にやけるのは良いけど、とりあえず個人設定終わらせて頂戴ね」
明華の呆れたような声で、誠はようやく我に返った。
「個人設定は基本的にはそこに座って、パイロット認証システムを起動するだけで後は全部機械がやってくれるから」
明華は投げやりにそう言った。
ハード屋の彼女にとって、そちらのほうは全て吉田とヨハン、そして島田に任せてあるという分野だった。
「専用機……しかも特別チューン」
誠は今の状況に酔いながら個人設定を続けた。全天周囲モニターにメインシステムにログインするたびに見慣れない英語の文字列が素早く並んだ。
「軍事機密って奴かな」
誠はその追いきれないほどの速さに驚きながらもなんとか機体の初期設定を終えた。
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