第七章 アサルト・モジュール

第44話 異能者を追う者達

「……とりあえず、神前の野郎に関心を持っている国家、武装勢力は以上になります」


 いつものように、遼州同盟司法局実働部隊隊長嵯峨惟基の部屋は雑然としていた。話し疲れた吉田が、ソファーに置きっぱなしになっていた狙撃銃をどけてソファーに座った。


「ふうん、そう」 


 嵯峨はそういうと手にしている拳銃の部品を何度と無く眺め回し、その表面の凹凸が無いのを確認していた。吉田はその有様を、説明中から噛んでいた風船ガムを膨らましながら眺めている。


 万力に固定された小口径の拳銃のフレーム。その下に鉄粉が広がっている様は、どう見ても一連隊規模の部隊の指揮官の執務室とは思えなかった。


「つまり結論は何処が餌に釣られて食いついたのか分からん、と言うことなんだろ?回りくどいのはやめようや。イタリア政府には司法局からお手紙を出したそうだが……史上最強の営利企業のマフィアの親分さん達のことだ。神前の身柄の確保を頼んだクライアントの名前は絶対出てこないだろうな」 


 嵯峨はそう言うと万力から拳銃を外す作業に取り掛かった。


「アメリカ、フランス、ロシア、などの地球圏国家群や各惑星系国家連合。ゲルパルトや胡州、大麗の軍部も確かに動いてはいます。ぶっちゃけ、隊長が見込んだ勢力は一通り動いてますよ」


 取り外した拳銃のフレームを眺めながら、嵯峨はいつもどおり話を聞いているのかいないのかわからないような恰好で、吉田の報告を聞いていた。


「ですがどれも動くタイミングとかがばらばらで、何処が主導権を握っているのやら見当がつかない有様で……」


「まあ生きたままで司法執行機関の部隊員を拉致するなんて、失敗する可能性は大きかったからねえ。成功不成功に関わらず、依頼元がばれないように細工をする準備ができていたんだろ?失敗しても神前に興味を持っている勢力が五万といること。それを俺に示して見せるだけで十分にやったかいがあると考えてるんだ。そんな作戦を立案する人間なんて、どこにでもいるもんだよ。難しいねえ世の中は」


 そう言うと嵯峨はフレームに息を吹きかけて丁寧に埃を払い落とし始めた。


「隊長は。その中でも一番あの坊やの身元に関心がある奴についてもう目星がついてるんじゃないですか?」 


 吉田はそうカマをかけてみた。


 しかし、そうやすやすとそれに乗るような嵯峨ではなく、淡々とバレルを拳銃に組みつけては外す作業を続けていた。嵯峨は渋い顔をしながら、擦れあう部品の引っ掛かりが無いかどうか確かめる作業に集中している。だがそれがポーズであることは、吉田も四十年近くなる嵯峨との付き合いで分かっていた。


「こっちじゃ神前の馬鹿の能力を、あることないことバラまいているのに、それを信じて動く連中がいる。しかも、そいつらはオカルトとかとは無縁な連中ですよ。なんだってそんなこと信じて動くのかわからんくらいで……」


「まあ神前の能力についちゃ、おそらく正確に把握してるのはアメちゃんくらいだ。あそこは法術の研究が進んでるからな」


 そこまで話を聞くと嵯峨はタバコをポケットから取り出した。そして座ったまま一本火をつけると、伸びをして拳銃の部品を机の上に並べ始める。 


「で、直接、神前と言う男に会ってみてお前はどう思うわけ?お前さんは」 


 何度かボルトを撫で回しながらボルトを本隊に押し込んで動かした。その出来にようやく納得が言ったのか、嵯峨は拳銃とその部品を机の上に置くと、そこに乱雑に置かれていた様々な目のヤスリを工具箱に片付け始めた。


「分かりません。まあ、資料の通りなら今度の乙型の精神波感応システムを使いこなせるはずだということくらいですか」


 吉田は浮かない表情でそう言うと風船ガムを膨らませる。 


「じゃあそれでいいじゃん。まあ、あいつの誘拐を企てた連中のことだが、一朝一夕に特定できる相手じゃないだろうから、引き続き調査をしといてちょうだいよ。そういえば、その神前は今何しとるの?」 


 タバコの煙を口から吐きながら嵯峨がつぶやいた。


「待機中ですが……野球の練習でもしてるんじゃないですか?」


 吉田の投げやりな言葉に嵯峨は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ただでさえ、うちは予算を馬鹿食いしてるって同盟機構から目をつけられてるのに……勤務中にクラブの野球の練習か?まったく、かなめの言ってきた予算。ハンコ押すんじゃなかったかな」


「もう遅いですよ……まあ俺が見てきます」


「そうしてちょうだいよ」


 吉田はそんな嵯峨の言葉に送り出されて隊長室を出ていった。

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