第22話 注文の品
「まあそう言わず一杯飲め」
「はあすいません気がつかねーで」
嵯峨は早速ランの盃に酒を注いだ。
「さっきから気になってたんですけど……」
誠は初めて自分が話を出来るタイミングを見つけて口を開いた。
「何でナンバルゲニア中尉はネコ耳をつけてるんですか?」
シャムが不思議そうに誠を見ている。そう言われて自分の頭のネコ耳を触ってにっこりと笑う。しかし、誰一人その事に突っ込む事は無い。
「それが仕様だ」
突然窓の方から声が聞こえたので、誠はびっくりしてそちらを見ると、開いた窓から吉田が入り込もうとしていた。これにも特に誠以外は突っ込みを入れる事も無く、あたかもそれが普通のことだと言うように目を反らしている。吉田はまるで当然と言うようにそのまま靴を部屋の中に置いて入り込んだ。
「お前なあ、ちゃんと入り口があるんだからたまにはそちらを使えよ」
窓枠をきしませている吉田に嵯峨があきれたようにそう言った。吉田はだぼだぼの黄色と黒のタンクトップにジーンズと言う姿でそのまま部屋に入り込む。
「やはり新入りに慣れてもらうためにもここはいつも通りのやり方をですねえ」
吉田が嵯峨の言葉に返すのはとぼけた調子の言葉だった。
「あのなー慣れていいもんとわりーもんがあるんだよ」
明華の隣のランが盃を傾けながら、呆れたように吉田に目を向けた。吉田は靴をシャムに手渡すと下座の鉄板の前に座った。シャムは靴を手にどたばたとにぎやかに駆け下りていく。
「中佐だってその幼女体型をなんとかしないと」
吉田はランに向けてそう言うとにんまりと笑う。ランは階段から座敷を覗いているアイシャとサラの視線を見つけると、振り返って殺気のこもった視線を吉田に投げた。
「オメー等またつまらねーもん吉田にやっただろ!からかうにも相手を選べ!西園寺が相手だとそのうち死人が出るぞ!」
ランの言葉にアイシャ達は逃げるように階下に消えた。
「漫才はそれくらいにして、カウラさん以外はビールで良いかしら?」
お春さんは嵯峨のお酌を止めて立ち上がると、淡々と客をさばく女将の姿に変わっていた。
「女将さんアタシはキープしたボトルで!」
誠の前の席で手を上げたかなめがそう叫ぶ。そんなかなめを誠の隣に座ったカウラは特に気にするわけでもなく鉄板の上に手を翳しては、時折、誠の顔を覗き込んでいた。
「はい、はい。小夏!ちょっと手伝って頂戴」
そう言うとお春は階段を駆け上って吉田の隣に座った後、ネコ耳を直しているシャムの後ろを抜けて階段のほうに歩みを進めた。それを目で追っていた誠の視界にかなめが入った。思わずそのタレ目の眼圧に負けて誠は目を反らした。
「おい新入り!いきなり目を背けるなよ。まさかお前までアタシのことガチレズだと思ってるんじゃないだろうな?」
おどおどとした誠の態度に苛立ったかなめの声が誠の耳に響く。誠は一瞬カウラに助けを求めようかと思いながらも、それではさらに事態を悪化させるとかなめの目を見つめて言った。
「いえ!そんなつもりじゃあ……」
「よせ、西園寺。今日は歓迎会のはずだ。お前が暴れていい日じゃない」
カウラは静かにかなめをたしなめる。カウラとかなめの間に流れた緊張をほぐすように、タイミングよくお春と小夏の親子が飲み物と箸、そしてお通しを運んできた。誠はほっとしたように小夏から受け取ったお通しのきんぴらごぼうに箸を伸ばした。
「お待たせしました、はい、かなめちゃんはラム。くれぐれも飲みすぎてまた店を破壊しないようにしてね」
お春はそう言いながら、かなめにグラスと瓶を手渡した。嬉しそうにかなめは瓶のふたを取ると、琥珀色のラム酒を手の中のグラスに注いでいく。
「お母さん、そのど外道に何を言っても無駄だって。どうせなら塩水入れて持ってくればよかったのに……」
吉田のテーブルにお通しを並べながら小夏がつぶやく。
「何か言ったか?小夏坊!」
かなめはそう言いながらテーブルにグラスを叩きつける。
「はいはい怖い怖い……。師匠!今日はネコ耳ですか!着ぐるみは着ないんですか?」
小夏はかなめの態度を馬鹿にしておどける様なしぐさをすると、シャムにそう話しかける。
「うん。俊平が新人の前で本性を現すのはまだ早いって言うから。俊平!本性って何?」
小夏から受け取ったお通しの小鉢を持ち上げて眺めながら吉田はシャムの問いに答えた。
「あのなあ。お前の普段着を見たら、新人さんが絶望して辞めちゃうだろ?それにどうしても着たいって言うなら止めなかったぜ。着ぐるみきてタクシーに乗る度胸があればの話だがな」
「さすがにそれは嫌だね」
シャムはそう言って頭を掻いた。
吉田は階段のところまのビールのケースからビール瓶を取り出すと、立ち上がって上座の席まで行った。さもそれが当然というように明華の差し出すコップに吉田は真っ先にビールを注いだ。シャムもそれを見ると次々とビール瓶を並べていく小夏から瓶を受け取って立ち上がると、そのままマリアの前にあるコップにビールを注いだ。
「ベルガー大尉は車ですからね」
「ああ、でも私は車じゃなくても飲まないな」
誠にカウラは烏龍茶を手にこたえた。
酒は場の全員に注がれ、嵯峨の乾杯の音頭を待つばかりとなった。
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