第6話 ラスト・バタリオン

 そこには普通の人間のそれとはまるで違う、鮮やかな緑の髪の女性士官が近づいてきていた。長身痩躯の緑の髪の女性士官は不機嫌を絵にかいたような表情を浮かべて誠達に向かってきた。


「西園寺!また勤務中に酒飲んでるのか。その体だからって隊の規律というものが分からないのか!」


 エメラルドグリーンのポニーテールの女性士官はサイボーグの中尉に向かって声を荒げた。


 明らかに嫌な顔をした西園寺と呼ばれた中尉が、エメラルドグリーンの髪の女性士官をにらみ返す。


 一触即発の雰囲気に、手持無沙汰の誠はただうなだれて様子をうかがっていた。


 女性士官はにらみ合いながら黙る混んでいる。誠は緑の髪の女性士官の表情に浮かぶ無機的な雰囲気に違和感を感じていた。


『もしかしてゲルパルトの人造人間?……』


 その地球系とも遼州系とも違うギリシャ彫刻のような整った面差しと髪の色で、すぐ誠にも彼女の出自が察しられた。


 約二十年前の『第二次遼州戦争』で『ラストバタリオン計画』と呼ばれるプランがあったことは誠も知っていた。


 その開戦前から兵士不足に悩んでいた反地球勢力側の大国ゲルパルトは、大戦末期に彼女達のような人造人間を製造するプラントを多数建設した。


 試験管で遺伝子操作をして、身体能力や脳神経などに改良を加えられた兵士達は、その開発計画の名前をとって『ラストバタリオン』と呼ばれた。ゲルパルト首脳部としては彼女達の投入により膠着した戦況を好転させるつもりだったのだろう。


 だが、物量にものを言わせた地球軍の猛攻を受けたゲルパルトは、『ラストバタリオン』の完成を待つことなく、軍内部のクーデターであっさり内部分解して戦争は終わった。多くのプラントの中の兵士達は遼州の地球側で参戦した国々の外惑星派遣部隊に保護さる結果となった。


 そして製造過程にあった多くの『ラストバタリオン』達はそのまま人道的処置として社会適応教育を施されたのち、遼州各国に移民することとなった。


 目の前の女性士官もそんな中の一人だろう。誠が見守る中、彼女は相変わらず冷たいまなざしでサイボーグの中尉を見つめている。


 そのサイボーグの士官はあてつけのように、手にした酒の小瓶をあおると周りを見回して周りの整備員が自分達に注目しているのを確認した。そして下卑た笑みを浮かべ挑戦的に顎をしゃくり上げると『ラストバタリオン』の士官をにらみ付けた。


「うるせえなあ。堅物の隊長さんを持つと部下も大変だよ。へいへい、大尉殿!酒はこれくらいでやめさせていただきます」


 そう言うと空になった小瓶を手前にいた猫背の整備員に向けて放り投げた。その整備員がいかにも迷惑そうな表情でそれを受け取った。


「なんだ?その面は?」


 西園寺と呼ばれた士官は今度は整備員に因縁をつけようとした。巻き込まれてはたまらないと整備員は敬礼をしてそのままトラクタに向かって走り去っていく。


 隊長と呼ばれたエメラルドグリーンの髪の女性士官は、酒の空き瓶を持って走り去る整備員を見送った後、サイボーグの士官を無視して誠の前に歩み出て握手を求めるべく右手を差し出す。


「ああ、貴様が神前少尉候補生で良いんだな?自己紹介がまだだった。私はカウラ・ベルガー大尉。貴様の配属になる第二小隊の小隊長だ」


 誠も自然と手を伸ばしカウラと握手をする。美女と呼んでいいだろう。カウラに歓迎されて誠は少しいい気分になっていた。だが、カウラは再び氷の表情に戻ると、大きな目で西園寺と呼ばれた女性士官をにらみつけて自己紹介を迫った。


「アタシが西園寺かなめでーす。階級は中尉でーす」


 かなめはわざと誠から目を反らし、あらぬ方を向けて吐き捨てるようにそう言った。投げやりなかなめの言葉に誠は苦笑いを浮かべると、直立不動の姿勢をとって敬礼した。


「自分が神前誠少尉候補生であります!宜しくお願いします!」


 誠の言葉にカウラは微笑み、かなめはそっぽを向いた。


「ふっ、そんなに緊張することはない。それにうちでは隊長以外は、みんな基本的には同格というのがルールだ。それにしても……私みたいな人造人間を見るのは初めてか?」


 じっと誠が見つめているのに気づいてか、カウラはそう尋ねた。


 彼女も自分の存在が誠を不安にしているのに気付いているようだった。『ラストバタリオン』は製造過程の技術的問題から女性がほとんどを占める。カウラも誠の珍しいものを見るような視線には慣れているようだった。


「幹部研修の特機の操縦訓練の教官が『ラストバタリオン』の方でした。ゲルパルトのクローン兵士作製関連の資料も読んだことありますし……」


 誠の言葉を聞きながら目の前で微笑むカウラは、どちらかと言うと痩せ型と言う感じである。それにしてもその胸の部分のふくらみが余りに少ない。誠はついそこに目が行っている自分を恥じて言葉を飲み込みながら顔を赤らめた。


「なんだ?新入り。もしかして一目惚れって奴か?ひっひっひ」


 かなめが下卑た笑いを浴びせかけるので、カウラまでその白い肌をほんのりと赤く染めて、一歩誠から離れた。


「西園寺。おっお前飲みすぎじゃないのか?」


 少し言葉を噛みながらカウラがかなめをにらみつける。かなめはと言えば、慣れた調子でたれた目じりをさらに下げて挑発的に笑顔のようなものを浮かべると言葉を続けた。


「隊長だからって威張るんじゃねえよ。アタシが何を飲もうが勝手だろ?それとも何か、また春の大演習の時みたいに今度の演習でもボコボコにしてもらいたいのか?」


 さすがに頭にきたというように、カウラはゆっくりとかなめに歩み寄った。真正面からかなめを睨み付け、静かな調子で口を開く。


「西園寺、その言葉そのまま返しておくぞ」


 初対面の誠を前に、二人は一触即発というようににらみ合いを続ける。誠はこの険悪な雰囲気に耐えられなくなって、助けを求めるように周りを見た。


 周りを行きかう整備班員達も事務員達も二人の喧嘩には関わりたくないというように、わざとらしく目をそらすばかりだった。


「それより神前。叔父貴……いや、隊長に挨拶してねえだろ?隊長はどこにいったのか……」


 周りを見渡すかなめの言葉にカウラは大きくため息をついた。


「あれだ。どうせあの御仁はハンガー裏でサボってるんだ。神前少尉、ついてこい」


 誠はカウラにつれられてアサルト・モジュールの解体作業の邪魔にならないように建物の手前の広場を進んだ。

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