第10話 類は友を呼ぶ

「じゃあ次は詰め所だな」


 ランはハンガー奥の階段を上っていく。誠も遅れまいとその後ろに続いた。


 行きついたガラス張りの事務所の隣の扉を開き、館内に入る。空調はもちろんだが、電灯すらついていない。こもった空気が油の匂いで満ちている。


「中佐、電気はつけないんですか?」


 思わず口を押さえながら誠はそう言った。振り返ったランは気持ちはわかると言うように誠の肩に手を乗せる。


「最近の流行で上の連中が節電しろっていうからな、昼間は付けてねーよ。そして着いたぞ、ここが実働部隊の詰め所だ」


 そう言うとランはアルミの薄い扉を開いた。ごく普通の見慣れたオフィスが中にあったのには若干拍子抜けだった。


「ああ、そこの奥の机がオメーの席。掃除は昨日カウラとかなめがやってたから汚れてはいねーと思うぞ」 


 誠は言われるままに、北向きの窓側と言ういかにも期待されていない新人を迎えるには最適な位置にある自分の席に腰掛けた。


「意外と普通なんですね……」


 引き出しを開けて確認するが、中古ではあるがそれほど汚くは無かった。ランの言うように掃除も済んでいるようで、埃も積もっていない。


「そうか?もう少し軍隊らしい雰囲気というか……ポスターや標語くらいありそうだなって言われると思ったんだが……ってそこ!何してやがんだ!」


 ランはふと手にした雑誌から目を離すと部屋の入り口の方に向かって叫んだ。


 ばつが悪そうに三人の女性士官が入ってきた。ばれるのがわかっていたとでも言うような照れ笑いを浮かべる彼女達。その紺、赤、ピンクという髪の色を見れば、彼女達がカウラと同じ『ラストバタリオン』であることはすぐにわかった。しかし、どう見てもその好奇心に引っ張られるようにのこのこ歩いてくる彼女等の表情は、これまで誠が会った『ラストバタリオン』達とは違っていた。


先頭に立つ紺色の長い髪をなびかせている女性士官の濡れた瞳に見られて、誠はそのままおずおずと視線を落としてしまった。


 ランは彼女達の侵入を予想していたように、あきれ果てた顔をしながら手にしている雑誌を机に置いた。そして青い髪の女性士官にたしなめるような調子で語りかける。


「アイシャ。悪いがオメーの思うような展開にはならねえよ」 


「本当に残念ねえ。素敵なロリ副隊長の部下を口説くさまを見られると思ったんだけど……誠ちゃん。あなたもそう思うでしょ?」 


 誠が再び顔を上げれば誘惑するような凛とした趣のある瞳が誠を捕らえた。


「まあいいや。遅かれ早かれ知る事になるんだ。紹介しとくわ。こいつらがブリッジ三人娘って奴」


 投げやりなランの言葉に三人がずっこけたようなアクションをしたので、つい誠は噴出してしまった。すぐさま態勢を立て直した誠を見つめている濃紺の切れ長な瞳の女性士官がすぐさま口を開いた。


「グバルカ中佐!そんな一まとめで紹介しないでください。私がアイシャ・クラウゼ大尉。一応うちの運用艦の『高雄(たかお)』の艦長代理をしてるわ。この娘(こ)がパーラ・ラビロフ中尉。管制官で通常の体制の出動の際はこの娘か吉田少佐の管制で動いてもらうことになるわね。そしてこのアホ娘が……」


「アホ娘って何よ!」


 二人と比べると小柄に見える燃え上がるような赤い髪と瞳の女性士官がアイシャの言葉に噛み付く。ことさら赤いショートヘアーが誠の前で揺れた。


「私はサラ・グリファン少尉よ。艦の火器管制担当。それにしても……本当にあなたがあの有名な神前君?」


 サラとアイシャと名乗った女性士官がまじまじとこちらを見つめるので誠は少しばかりたじろいだ。


 『有名』と言うとシミュレーターの成績の酷さか、拳銃射撃訓練で危うく隣の射手に風穴を開けかけたことしか誠には思いつかなかった。


 だが、アイシャの口から出た言葉は誠の予想の斜め上を行っていた。


「あなた西東都コミックフェスタで美少女物の同人誌、売ってたでしょ?しかも殆ど開店直後に完売してたじゃないの……私達の同人誌なんて結構売れ残ったのに……」


 誠は耳まで赤くなる自分に気付いていた。去年、久しぶりに大学の後輩の誘いで趣味で作った同人誌をコミケで売ったのは事実である。しかし、その客の中に部隊の隊員がいるとは知らなかった。


 オタクの割合が高い理系の単科大学のアニメ研究会で、誠のオリジナルファンタジー系の美少女キャラはそれなりに売り上げに貢献していた。


 アイシャは誘惑するような甘い視線を誠に送っている。


 サラは相変わらずきらきらした視線で誠を見つめている。そしてピンクのセミロングの髪のパーラは一緒にするのはやめてくれとでも言うように、静かに少しづつ下がっていくのが誠には滑稽に見えた。


「そらお前らのホモ雑誌、アタシも読まされたが……引くぞあれは」


 ランは頭を撫でながらアイシャに声をかけた。


「ラン中佐!ホモ雑誌じゃありません。ボーイズラブです!美しいもののロマンスに性別は関係ないんですよ!それがわからない人には口出ししてもらいたくありません!まあ呼びたければ腐女子とでも呼べば良いじゃないですか!私達は……」


 明らかにパーラが一歩部屋のドアから引き下がった。


「アイシャ。その『私達』には私も入ってるの?」


 パーラが困惑したようにそうたずねる。アイシャとサラがさもそれが当然と言う風にパーラを見つめた。


 天を仰ぐパーラ。


「あのーそれでなにか……」


 誠は険悪な雰囲気が流れつつある三人の間に入って恐る恐るたずねた。先ほどの誘惑の視線の効果があったと喜ぶかのように目を細めたアイシャが早口でまくし立ててくる。


「それよそれ、あなたあれだけのものが描けるって凄いわよね。それと少しエッチな誠ちゃんのイラストのオリジナルキャラ、あれ私も結構好きなのよね」


 そう言うとアイシャがゆっくりと誠のところに向かって近づいてきた。


「ああ!あれだけのものってアイシャ買えたの!ずっこい!始まってすぐは私とシャムに売り子させてどっか行ってたのそれのせいなんだ!」


 頬を膨らましてサラが叫ぶ。助けを求めようとランの方に視線を向けた誠だが、そこには再び野球雑誌を手にとってこの騒動から逃避しているランの姿があった。


「良いじゃないのよサラ。ここに絵師がいるんだから、あとでいくらでも上官命令で描かせるわよ。それよりやっぱりシャムちゃんの絵じゃどうも売れ行きがね……。それにあの娘のは絵のタッチは少年誌向けなのよね。本人も変身ヒーローとかの方が描きたいって言うし」 


 アイシャは誠の手が届くところまで歩いてくると少し考え込むようにうつむいた。


 時が流れる。


 気になって誠が一歩近づくとアイシャは力強く顔を上げ誠のあごの下を柔らかな指でさすった。


「それであなたに書いてもらいたいのよ!目くるめく大人の官能の世界を!!」


 アイシャは自分の言葉にうっとりとして酔っている。ドアのところではパーラがその様子を見て米神を押さえて呆れていた。


「BLモノですか?」


 誠は困惑した。雑誌を読む振りをして好奇の目でランが自分を見ているのが痛いほど分かる。それだけにここは何とかごまかさないといけないと思った。しかし、年上の女性の甘い瞳ににらみつけられた誠はただおたおたするばかりで声を出すことも出来ずにいた。


「駄目なの?」 


 甘くささやくアイシャの手が再び伸びようとした時、誠は意を決して口を開いた。


「僕は最近ではオリジナル系はやめて二次創作の美少女関係しかやらないんで……」


 誠のとっさの返しに少しがっかりしたと言う表情のアイシャはそのまま一歩退いた。変わりに話が会いそうだと目を輝かせてサラが身を乗り出してくる、その肩にアイシャは手を置いて引き下がらせた。


「しょうがないわね。女の子しか書きたくないんでしょ?まあ良いわ、これ以上ここにいるとクバルカ中佐に後で何言われるか……またあとでお話しましょう」


 そう言うとアイシャは話したりないというサラと関わりたくないというパーラの二人を連れて詰め所から出て行った。


「話は済んだみてーだな」


 ようやくランは野球雑誌を置いて誠に声をかけた。


「まあ何と言うか……」


「わかった。まあ趣味が同じ奴がいるってことがわかっただけ収穫だろ?」


「同じ趣味ですか……」


 誠はランの言葉にただ苦笑いを浮かべるだけだった。


「まあ、アタシはその辺はわからねーからな。バックアップスタッフと仲良くするのも仕事のうちだぜ」


「そうですか……」


 誠はランの言葉にうなづきつつも納得できないというようにあいまいな笑みを浮かべた。


「あいつ等もこれからさんざん世話になるんだ。仲良くするのは悪くないな」


「仲良くですか……」


 そう言って誠はただ苦笑いを浮かべていた。

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