第9話 愛機との出会い
ランはその小さな身体に見合わぬ早足で、肩で風を切るようにして歩きだした。シャムと吉田が配るとうもろこしを受け取っていた整備員達が、ランを見ると自然と道を開ける。そんな彼女の様子にどことなく威風すら感じて、誠はただ感じ入るしかなかった。
「さっきは放置してすまなかったな。まあここじゃあ何だ、とりあえずハンガーでテメーが乗る機体でも見るか?」
見た目通りの乱暴な言葉で話す少女はついてくるように手で合図する。誠は黙ったままランについて歩いた。
それぞれに仕事を抱えて小走りで行き交う隊員の群れを抜けて、ハンガーのひんやりとした空気の中に二人は入っていた。
機械化部隊らしい、オイルの匂いが誠の鼻をついた。
「こいつがテメーが命預けることになる機体つーわけだ」
ランはそう言って目の前に並んだ巨人像のようなアサルト・モジュールを指差した。それは灰色に塗装され、あちらこちらに今だ新品であると言うことを示すようにテープやビニールで覆われている部分もあった。
訓練用の角ばった97式とはまるで違う曲線でおおわれたフォルムを持つ新型特機。誠はこの機体に乗る為に、この三ヶ月間の間、訓練を重ねてきた。だが訓練用の機体より明らかに分厚く見える不瑕疵金属装甲で覆われたその機体は迫力が違った。
「これって、確か最新式の05式特機(まるごしきとっき)じゃないですか?」
誠はあえて確認のためにそう言ってみた。軍事関係に明るい人間なら、機動性と装甲において既存のアサルト・モジュールをはるかに凌ぐカタログスペックと、その最悪なコストパフォーマンスの『失敗アサルト・モジュール』のことを知っていた。
菱川重工が音頭を取って行われた遼州同盟次期主力アサルト・モジュールのコンペで最高の実機性能を見せながら、そのコストパフォーマンスの悪さからコンペ自体を中止させたほどの高品位機体。その実践投入型が目の前にある。誠はその事実に興奮していた。
「へー、さすがは幹部候補生課程出ってとこか。よくわかってやがる。こいつらは先月配備になった新品だからな。アタシも慣らしで何度か乗ったが、パワーのバランスとOSの思考追従性はぴか一じゃねえかな。まあ実戦をくぐってみないと本当のところはわからねーけどな」
そう言いながら細い眼で機体の群れを眺めるランの視線は、やはり幼い少女のように誠には見えた。05式の革新的な部分はメインエンジンに対消滅ブラスターエンジンを採用し、駆動系をそれまでのアサルト・モジュールが採用していた磁力系から流体パルス系に変えたことで、パワーに於いて限界が見えてきたと思われてきたアサルト・モジュールの駆動系システムを劇的に向上させたところにあった。
そんな革新的だがコストパフォーマンスに欠ける機体がなぜ遼州同盟直属の司法局実働部隊に採用されたのか。さすがに技術者の一歩手前程度の知識しかない誠にはわかりかねた。ただ誠はその兵器と呼ぶには優美に過ぎる05式の姿を感嘆の表情で眺めていた。
ランはそのまま目を輝かせている誠を眺めた後、すこしばつが悪そうに言葉を続けた。
「実はこいつのOSだが……まるっきり新バージョンのを積んでるからな。確かに現行の04式のOSに修正をかけた奴を積んでるが……まあ04式のOSはこんなに運動性能に優れた機体を想定していないからな。OSはほとんど赤ん坊同然で、シミュレーション機能を使って一から教育しなきゃなんねーわけだ。そっちもオメーの重要な仕事になる。よろしく頼むぞ」
誠はランの言葉に頭の血が引いていくのが分かった。とりあえずアサルト・モジュールの動作のイロハを覚えた自分が動作パターンの集積をしなければならない。その事実に誠は自分の責任の重さを痛感することになった。
「責任重大だぜ。まー頑張れや」
ランはそう言って緊張した面持ちの誠を一瞥するとハンガーの奥へと歩みを進める。誠の新品の機体の隣には巴紋を肩にあしらった灰色の05式がそびえたつ。そしてその隣には深い紺色の飾り気の無い機体が並んでいた。
「巴の紋所は西園寺の機体だ。一応、あいつはああ見えて『胡州帝国』四大公爵家筆頭の姫君だからな。胡州軍の伝統通り機体は家紋入りってわけだ。そして隣の無愛想なのがカウラの。本人の希望でとりあえず今のところは出荷時の塗装。エンブレムもなしだ……一応6機撃墜のエースだからパーソナルカラーを付ける資格はあるんだけどな」
そしてその隣、赤一色で塗装された機体の前でランは立ち止まった。
「これがアタシの機体だ。どう見える?」
派手な赤を基調とした05式。武装や装備を外してある為、色以外に特に機体の違いは感じられない。肩に何か文様のものが描かれているが、下からではそこに何が描かれているのかわからなかった。
「派手ですね」
「言いたいことはそれだけか?」
誠の反応が無いのが面白くないとでも言うようにランつぶやく。そしてそのままハンガーの奥へと歩き出した。
「そして隣の白の機体がシャムの機体。あいつは遼南内戦からずっとこのカラーだからな。何と言っても二つ名は『クロームナイト』だ。あいつの戦果は化け物だかんな」
「そんなに凄いんですか?」
あの野生少女がそんな腕前だとは誠も想像していなかった。
「そう、遼南内戦の際の総撃墜数はなんと198機!エース・オブ・エースって奴だ」
ランはそう言って再び歩き始めた。誠は人型の機体が続くと思っていたところにこれまでの人型の05式とはまるで違う、ジャガイモを思わせるような機体が鎮座しているのを見つけた。
「これが吉田の05式丙型。一応型番は同じになってるが、05式の運用にをサポートすることを主眼に開発された機体だ。電子戦や索敵、情報戦に特化した機体ってわけだ。まああいつは他にとりえもないからな」
ランは少しばかりこの機体については投げやりに答えると、そのまま奥の階段を上ろうとした。しかし、誠はその吉田の丙式の向こうにある士官候補生教育課程でも習わなかった見慣れないアサルト・モジュールの存在に気が付いた。
「中佐!そこの黒い一機だけモデルが違う型のようなんですが……それにちょっとこれはかなり改造されてて元が何の機体か……」。
誠はじっとその黒い機体を見つめた。関節部の作りやいまだにむき出しのアポジモーターが見て取れるところから先の大戦時の機体であると誠は思った。
「それは嵯峨のオヤッサンの四式改特戦だぜ。知ってるだろ?オヤッサンが先の大戦で一応エースと呼ばれてたのは。そん時の愛機がこれだ。それをまあいろいろ弄り倒してこうなってるわけ」
誠はその黒い四式改を眺めた。四式、特戦と言う名称からして第四惑星系の大国、胡州帝国軍のアサルト・モジュールであることは予想がついた。胡州帝国軍は先の大戦では運動性能重視のアサルト・モジュールを多数開発した。だが、誠にとっては四式と言う名称は初耳だった。おそらく試作で終わった機体なのだろう。
「ですが胡州の四式と言うと今の胡州の最新型の『飛燕』を指すんじゃ……」
話を切り出そうとした誠の口をランが抑えた。
「こいつの素性は予想がついてるんだろ?前の大戦の末期の試作機だ。四式は胡州陸軍の中でも特筆すべき先進的な設計の機体だったんだぜ。まあエンジンとOSの技術が機体の基本設計について行けなかったところがあったけどな。エンジンを対消滅系に積み替えて、今でもこうして現役で動いてるわけだ。まあ殆ど元の部品は残ってねーし、増加装甲やらアクティブ・ディフェンシブ・システムやらゴテゴテつけて跡形もなくなってるけど」
そう言うとランは階段をゆっくりと登り始めた。誠はその奇妙なアサルト・モジュールに背を向けてランのあとに続いた。
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