第3話⑪ 幼なじみの決意(裏)
「ちーちゃん、どうしたの? ホント大丈夫?」
「う、ううん。何でもないわ」
まゆが心配そうに声をかけると、千秋は慌ててかぶりを振り、言い繕った。
「この後、エリスとも回る約束してるの。だけど、どこを案内しようか全然考えてなくて。やばって思っただけ」
とっさに出た言い訳(約束があるのは事実だが)だったが、それなりに上手い理由だったようで、まゆは「あっ、なるほどー」と不審がることなく納得した。
「ちーちゃん、最近エリスちゃんにベッタリだし。ちょっと妬けちゃうなー」
まゆは足をプラプラさせながら、頬をぷくりと膨らませる。それを見た愛が呆れたように窘めた。
「そりゃあ千秋とエリスは親戚なんだし、ホームステイ先が千秋の実家なんだからしょうがないでしょ。我慢しな」
「それはそうなんだけどさー」
まるで近所の親子のようなやりとりに、千秋は思わず笑みを漏らした。心がほっこりして、次第に靄が薄れていくのがわかる。
「じゃあ、二人も一緒に回る? エリスは嫌がらないと思うけど」
話の流れから千秋は思い切って誘ってみた。しかし、まゆの答えは。
「……ううん、やめとく。二人の邪魔しちゃ悪いし」
理由こそ遠回しなものの、明らかなノーだった。
「……わかったわ。ちょっと気が利いてなかった、ごめん」
「ううん、こっちこそ。空気読めてないカンジで、ごめんね」
まゆも愛も、別にエリスを嫌っているわけではない。だが、仲がいいとはさすがに言い難く、『クラスで会話する程度の知り合い』の域は抜け出せていない。一緒に行動するには極めて微妙な距離感だった。
新学期当初に比べればかなり落ち着いたとはいえ、エリスを特別視する風潮がなくなったわけではない。千秋や恭也など一部の人間を除けば、表面上はともかく、彼女と本当に打ち解けた生徒はまだまだ少ないのが現状だ。
エリスは決して口には出さないが、彼女がまゆのように一歩引いた生徒たちの態度に気づかないわけはなく、孤独を感じていることもあるはずだ。琴音が心配していたように。
(だから、私がしっかりしないと)
今は失敗したけど、エリスとほかの生徒たちのハブになれる存在が自分なのだ。
だから―――――。
「エリスちゃんといえば、彼女が日本に来て最初に知り合ったのって、柏崎君なんだよねー?」
(……えっ?)
「そうそう。何であいつがエリスと最初からちょっと親しげなのか疑問だったんだけど、そういう事情ならってやっと納得できたわ」
「だよねー。っていうか、わたしはまさに柏崎君が、愛ちゃんの言う『勘違いしてる男子』かと思ってたよー。悪いけど、女子に免疫あるようには全然見えないもん。ましてや白人の超美人だし」
「それな。本人はすました顔してるつもりかもしんないけど、声かけられるたび嬉しそうなのバレバレだし。なのに、今日は別の女と文化祭とか。よく考えると相当なクソ野郎だな。こんな可愛い幼なじみを不安がらせやがって。なんかムカついてきた」
「まあまあ、落ち着いて。こればっかりはそんな単純じゃないよ。愛ちゃんだってさっきそう言ってたでしょー?」
「そりゃそうなんだけどさ」
不安がる。愛が無意識に口走ったその言葉に、葵の痛烈な一言が改めてリフレインする。
『エリスを不安にさせてるのは桐生もなんじゃないの?』
そうだ。そうなのだ。
自分が悠斗に対して不安になれる資格なんてない。彼にしてきたことを顧みれば、そんなことは許されない。葵だけじゃない。恭也にも司にも釘を刺されている。
午前中……いや、杜和祭の準備が始まってから、ずっと舞い上がっていたのかもしれない。恭也の言う通りだ。LINEにあの写真を上げるとか、一体何を考えていたんだ。すぐにでも消さなければ。……消さなくちゃ。
エリスを傷つけたくない。これは本心だ。
慣れない異国の地で戸惑う彼女に、余計な心の負担を与えたくない。親戚で、親友になった自分が、彼女を追い詰めるような真似をするわけにはいかない。
――――ならば。
この気持ちは、心の奥底に押し込めないと。昔とは、違う理由で。
エリスが日本での学生生活に溶け込めるように、橋渡しをするのが私の役割。男子の悠斗ではできないことはたくさんある。それを、私がしなくてはならない。
千秋は大きく深呼吸し、意を決して立ち上がる。
努めて二人に笑いかけた。
「さ、アイスも食べ終わったし、次はどこ行きたいの? エリスとの約束までまだ時間あるし、もう一か所くらい付き合うわよ」
うまく、笑顔を作れているだろうか。
「そうだねー。あっ! なら例の執事喫茶行ってみたいかも―。恭也君とかイケメン揃いなんでしょー?」
「そうね。さっき見回りで寄ったけど、カッコいい男子ばかりだったわよ。ケーキも美味しかったし」
「でも千秋。二回目になっちゃうけどいいの?」
「私は構わないわよ」
恭也には眉を顰められるかもしれないが、そのくらいはいいだろう。
「やったー! じゃあレッツゴー!!」
満面の笑みを浮かべたまゆが、腕を突き出し歩き始める。千秋と愛もそれに続いた。
「千秋」
不意に愛に呼びかけられ、千秋は振り返る。
「何? どうしたの?」
「……あんまり深くは聞かないけどさ。本当に辛くなったら、いつでも言いなよ? あたしたちはいつでもあんたの味方なんだから」
「……!」
何とか誤魔化したつもりだけど、愛には、この親友には全部お見通しなのかもしれない。
……ひょっとしたら、まゆにも。
「……ありがと。ええ、その時はちゃんと言うわ」
「おうよ」
愛はニカッと笑ってサムズアップする。
千秋は親友たちの心優しい気遣いに、胸がじんわりと熱くなった。
×××
「お、おい真岡! もういいだろ!?」
いまだに俺の腕を引っ張り続ける真岡に、俺はやっとのことで呼び止める。
もう桐生たちの姿は見えなかった。
「あっ……悪い」
ようやく我に返ったのか、足を止めた真岡はようやく俺の手を離した。
「どうしたってんだよ、まったく」
「あ、いや……」
真岡は気まずそうに視線を逸らす。
「……わかったよ。深くは聞かない」
「……ホント、悪い」
何があったか気にならないといえば嘘だが、俺のようなヘタレが女子同士のトラブルに首を突っ込んだところで事態が好転するとは思えない。
……でも、こういう時って何をどうすればいいんだ?
自慢じゃないが、俺は女子と二人きりで気まずい状況に陥ったことなどない。いや正確に言えば、微妙な知り合いと会話が続かなさすぎて胃痛になったことはいくらでもあるし、そういうときにさっさとその場から逃げ出したこともよくあるが、さすがに今の真岡を放置するわけにもいかないし、もうそこまで薄情な関係でもない。
俺はもう一度辺りを見回す。すると、先ほどの目的地が視界に入った。少し離れたところまで来てしまったらしい。
……仕方ない。嫌だけど、これしかないか。我ながらちょっと……いや、かなりズルい方法だとは思うけど。とはいえ、俺には落ち込んでいる女子を元気づけられるコミュ力などないのだから、手段は選んでいられない。
「……やっぱり、お化け屋敷、入るか」
「え?」
「何か変な感じになっちまったし。こういう時はでかい刺激で沈んだ気持ちを上書きするのもアリなんじゃないかと思ってさ。ギャーギャー騒いでスッパリ忘れようぜ」
「……柏崎」
ずっと下を向いていた真岡が顔を上げる。
「ただ、何度でも言うけど、俺は怖いのは苦手なんだ。途中でリタイアしても許してくれよ?」
何とか彼女に元に戻ってほしくて、だけどやけに照れくさくて、俺はそんな中途半端でクソ面白くもない冗談で帳尻を合わせた。
真岡は一瞬目を丸くしたが、やがてふふっと笑うと、「カッコつけきれてないんだよ、バーカ」と小声でつぶやいた。
「ダメだ。そんなのあたしが許すわけないだろ」
「……そうか」
「大丈夫だって。おまえはあたしが守ってやるよ」
真岡は潤んだ瞳を、そのしなやかな指で拭った。
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