第3話⑦ 幼なじみの決意

「……お、おう」


 俺は、目をパチパチさせている桐生におっかなびっくり返事をする。……おかしい。俺が真岡との約束があることはこいつも知っているはずなのに、なぜこうも居心地が悪いのだろう。赤と青のどちらのコードを切るか決断を迫られている爆弾処理班のような気分だ。


 それに、桐生の背後にいる二人の女子生徒からの視線も落ち着かない。一人は、まさしくギャル、って感じのメイクをした金髪の少女。もう一人は、小動物のようなくりっとした瞳が印象的な黒髪のショートボブの少女(泣いていたのはこっちの子だ)。


 二人とも、クラスで桐生とつるんでいることの多い女子だ。確か、金髪のほうが鈴城すずしろ、黒髪のほうが滝山たきやまと言ったか。

 どちらも、いかにも陽の者って感じで、俺のような日陰者は理由もなく身構えてしまう。


「どうしたの二人とも? ここにいるってことは、このお化け屋敷が目当て?」

「え、えーっと、まあな」


 ……え、ひょっとして、このまま会話続けるつもりなの? あんまり俺と絡んでるとこ見られないほうがよくない?


「でもこのお化け屋敷、かなり怖かったわよ。悠君、大丈夫なの? 昔から怖いの、すごく苦手だったじゃない」

「や、そりゃあそうなんだけど……」


 その桐生の気安い口調や呼び名に引っかかりを覚えたに違いない、女子生徒二人の眼差しの色がまた変わる。金髪のほうは訝しげに、黒髪のほうは驚いたように。いずれにしろ、あまり好意的なものではなさそうだ。


 背筋がぞわぞわと寒くなった俺は、そろーりとこのアトラクションにすっかり前のめりになっている真岡を見やる。

 その彼女は腰に手を当て、わざとらしく胸を張っていた。故に、嫌でもその豊かな双丘が強調される。一瞬、桐生の目つきがやけに鋭くなったような気がしたのは、俺の見間違い……のはず。


「安心しろ桐生。たった今、あたしがこいつに守ってやる宣言をしたとこだ。ちゃんと屍だけは連れ帰ってやるさ」


 いや、だから守ってくれなくていいから、入場自体を取り下げてくれませんかねぇ……。……あれ? 俺死ぬの?


「……悠君?」


 桐生はジトーっと俺を睨んでくる。な、なんで俺なんだよ。つーか、ほかの連中がいる前でその呼び方はやめてくれ。

 そんな俺の祈りは届いてはいないだろうが、彼女はやがて「はあ……」と呆れたため息をつき、


「……真岡さん、ちょっといい?」


 なぜかちょいちょいと手招きをした。


「……? 何だよ?」


 真岡も首を傾げながら彼女についていく。

 すると、少し離れたところで桐生たちは何やら話し始める。当然、俺には聞こえない。


「何だあいつら……?」

「ねえ」


 一体どんな話をしているのか。外目で見る限り、険悪な雰囲気ではなさそうだが、かといってあまり楽しい話をしているようにも見えない。二人ともシリアス気味の表情をしている。


「ねえっ」


 と思ったら、桐生が真岡に一歩近づき、何やら耳打ちする。すると、どういうわけか真岡がかあっと顔を真っ赤にし、何か抗議し始めた。なんだってんだ……?


「ねえったら!!」

「ひゃ、ひゃい!?」


 背後から降りかかったひときわ大きな声に、俺は飛び上がる。

 振り返ると、例の金髪のギャルが不機嫌そうに腕を組んでいた。


「何キョドってんの」


 いや、後ろでいきなりそんなデカい声出されたら普通ビビるだろ……。


「まあいいや。それより柏崎、あんたって千秋と知り合いだったっけ?」

「へ」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまった。

 そして、俺が驚いたのは質問の内容にではなく、


「何その顔」

「あ、いや、俺の名前を覚えられてたのが意外で……」


 というわけだ。


「はあ? クラス替えしてからもう3か月も経ってるのに、たかだか30人の名前を覚えてないわけないじゃん。何言ってんの?」

「…………」


 おっしゃる通りで……。ラノベではクラスメイトにさえ認知されていない陰キャ主人公が毎日のように大量生産されているが、現実ではそんなことはそうそうないだろう。

 実際、俺もこの陽キャ連中の苗字くらいは把握している。まあ、陰キャは陽キャの動向を観察しがちだから、記憶にある理由はかなり違うけど……。


「それに柏崎君、エリスちゃんや恭也君と話してるとこ結構見かけるもんね。顔はわりと覚えられてると思うよ」


 そこでもう一人のショートボブの少女、滝山がほわーっとした笑みを浮かべながら言った。まだ、鈴城の裾をちょこんとつまんではいるが、だいぶ恐怖からは立ち直ったらしい。

 

 それにしても、さすが我がクラスの二大巨頭。彼女らの行動から、俺の立ち位置までもがイメージされていたということか。


「で、どうなの? さっきの質問」

「え?」

「だから、あんた千秋と仲良かったっけって話」


 ……一瞬、何と答えるべきか悩んだ。


『柏崎君は昔と変わってない、変わってしまったのは私のほうなんだって』


 あの時、彼女はそう言ってくれた。でも……、


「……桐生とは文化祭の準備委員で一緒に仕事をしたから、それから少し話すようになっただけだよ」


 情けない俺は、頭に浮かんだ中で最も無難なこの返答を選択していた。


「でもちーちゃん、さっき柏崎君のこと『ゆーくん』って呼んでなかった?」

「それな。あたしも気になった。つーか、だから聞いたんだけど」

「……いや、それは」

「本当にそれだけなの? 怪しくない?」


 鈴城の強い視線に射抜かれる。


『別に許してほしいって言ってるわけじゃないの。ただ、あの時と同じ間違いをして、後悔したくない。それだけなの』


 そのとき、彼女の決意がふと脳裏に蘇った。

 そして、今この場でも『悠君』と俺も呼ぶことも。

 

 ……いいのかな、桐生。もう、答えても。

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