第3話⑤ あざとい一言
「ん……ほ、ほら。食べていいんだぞ。あ、あーん……」
真岡はさらに箸を俺の口元に寄せる。その表情にはますます朱が差していた。心なしか、瞳の潤みも増しているような気がする。
俺も、嫌でも体中の体温が上昇してしまう。
「や、で、でもな……こういうのってほら、アレだし……」
言葉がうまく紡げない。頭も働かない。もにょもにょと濁るだけだ。
「しゅ、取材だって言ってんだろ。ど、どうせ柏崎には今後一生縁のないことなんだから、お、おとなしく受け取っとけよ」
真岡も真岡で、毒舌にいつものトゲがない。いや、内容自体は結構なキレキレ具合だとは思うが、口調が普段よりかなり弱っているせいでただの照れ隠しのように聞こえなくもない。
そんなこんなでお互い睨み合い(のはずだ)をしていると、
「ねえママ―、あのお姉ちゃんたち何してるのー?」
いきなり、そんな無邪気で幼い声が耳に入った。
「「うっ……」」
俺と真岡は同時に呻いて固まる。どうやら、モタモタしている間に周囲の注目を引きつけてしまったらしい。
ベタすぎる行動には、周りのリアクションもベタになるのか……とか、沸騰した頭でそんなどうでもいいことを考える。
俺の視界には熟れたリンゴと化している真岡しか映っていないが、何やらひそひそ声が聞こえ漏れてくる。視覚は壊れたパソコンのディスプレイみたいにバグを起こしているのに、聴覚だけはやけに鋭敏だった。
「違うわ。ああいうのは青春してるって言うのよ。若いっていいわねー。昔のカレを思い出しちゃうわー」
「ママー、むかしのかれってなあにー??」
……お母さん、本当にテンプレな反応ご苦労様です……。でも、その後の余計な一言に俺は戦慄してます。どうしてそこで思い出すのが、その子のお父さんのことじゃないの……? やっぱ女って何歳だろうと怖え……。
「なんだか初々しいよねー。まだお互い慣れてないって感じ。初カップルなのかな?」
「うんうん、見てるこっちもドキドキしちゃう。まあラーメンなのはちょっと微妙だけどー」
「……チッ、イメージ通り庄本高って優等生系リア充の集まりかよ」
「てか、見せつけられてるのもムカつくけど、男の態度がはっきりしねえのにもイラつくな……。あんな綺麗な子なのに」
「つーか男の顔……」
「処すべし。慈悲はない」
「「………」」
ヤバい。何がヤバいのかもうよくわからんが、とにかくこれはヤバい。
「な、なあ真岡。こ、このくらいでやめとこうぜ。めっちゃ注目浴びてる」
「ま、待てよ柏崎。これ、ここで日和ったほうが余計恥ずかしくなるパターンだろ。た、頼む、食べてくれ。後生だから!」
「主旨変わってる!?」
それでも結局、真岡は箸を引っ込めようとしなかった。
……仕方ない。本当にアレだけど、仕方ない。
「だあっ、わかったよ!」
ええい! ままよ!
俺は突き出されたチャーシューを口に入れる。真岡の箸に間違っても口を付けないように気を配ったせいで、マンガ肉をかみ切る原始人のようになってしまった。
もぐもぐ……。ちくしょう、味がまったくわからねえぞ…‥。せっかくの厚切りなのに……。もぐもぐ……。
俺がどうにか食い終えると、周囲から「おおっ」と軽い歓声が上がる。ううっ……顔から火が出そうだ……。
だが、度重なる羞恥に耐え、勇気を振り絞ったにもかかわらず、真岡はなぜか、微妙に不満げな表情をしていた。……相変わらず顔は赤いけど。
「……別に口くらい付けても気にしないのに。ムードのない食い方してさ……ヘタレ」
「え?」
「……何でもないよ。だっせえ顔してんなあと思っただけ」
「……おい」
真岡はぷいっと顔を逸らし、自分のラーメンをすすり始める。
「なんか羞恥心が煽られただけで、全然楽しくも嬉しくもないな。世のバカップルたちはどうしてこんなことしてんのかな?」
「ここまでさせたくせに結論がそれかよ……」
俺の人としての尊厳(そんな大したものはない)を返してくれよ。
「……まあ、あれだ。俺たちみたいな陰キャだと、周囲の視線ばっかり気になって、相手のリアクションとか見る余裕がないからだろ。逆に言えば、バカップルどもは二人だけの世界に入り込んでて、相手の可愛い反応とかゆっくり鑑賞できるからじゃないか?」
「……真面目に分析すんなよ。キモい」
「おまえが聞いてきたんじゃん……」
「柏崎ってパッとしない顔のくせに、ホント乙女回路無駄に持ってるよな。少女漫画とか好きなんじゃないの?」
「……うるさい」
正直、否定はしきれない。琴音が持ってる作品とか結構読んでしまう。主人公がビッチ気味だったり、男連中がファンタジーすぎたりしなければ嫌悪感はない。おとなしくて引っ込み思案な地味主人公がイケメンに言い寄られる、みたいのは割と読みやすい気がする。ムカつくことに、少女漫画のイケメンって性格もイケメンなんだよなあ……。
って、このまま言われっぱなしで終われるか。
俺はパッと思いついたがままに一言で反撃する。
「……そりゃ、そういうのが好きじゃなかったら、おまえの作品にここまで惚れ込んだりしねえよ」
と、思ったのに。
「……えっ?」
真岡はなぜか口をパクパクさせていた。
……あれ?
俺としては、開き直りつつも言外に、『おまえの作品だってめっちゃ少女趣味だろうが』と当てこすったつもりだったのだが。
「…………」
なぜ、今のこいつはまたしても顔を真っ赤にしているのだろう。ともすれば、さっき『あーん』をしていたときよりも。リンゴじゃなくてトマトみたいになっている。
「ホント、何なんだよこいつ……。いつも不意打ちでドキッとすること言いやがって……。似合わないっての」
真岡はぶつぶつと何か文句を垂れながら、再び目の前のラーメンに集中し始めた。
……あれ?
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