第4章 異世界のオーパーツ

第39話 存在しない魔法

 夜。

 

 王宮のバルコニーから星空を見上げ、サーイは望郷の念にかられていた。


 とはいっても紗愛の住んでいた地球ではなく、サーイの住んでいたサジェレスタのことである。

 「故郷」の人々が自分のせいで引き裂かれてしまったこと。そして、一時の感情に任せて、愛する「家族」を拒み、奪われたこと……そのことを悔やんでいた。


 そんなサーイの気持ちとは裏腹に、王宮の室内では、盛大な宴が繰り広げられていた。


 この日の昼、ついにベルツェックルとクペナの結婚式がテューナの神殿で挙行され、王宮に戻ってからの披露宴は夜通し続いたのだった。



 翌日。


「サーイ、作戦会議が始まるようですよ」

 クペナが呼びに来た。


「先日の諸君の活躍は見事であった。これで、テューナは陥落……」

 と言って、ベルツェックルが地図上のテューナの神殿の場所に大きい×を入れようとした瞬間、ガイトゾルフの一人が

「待ってください。そこに×印は入れるのはふさわしくありません。それより、お二人の愛の証がわかるものを入れるべきでは」

「おお、そうだなハハハ」

「あら、恥ずかしいわね。でもありがとう!」

 と夫婦が言って、いわゆる心臓を象ったものを書き込んでいた。


「……さて、これでルカンドマルア付近の治安は格段に改善した。これからは我々の攻勢をさらに強めていく。目指すは……ウィスタ大陸だ!」

 といって、地図を指した。


 ルカンドマルアは地図の東側の浮遊大陸に位置し、西側にも大陸らしきものが描かれている。それがウィスタ大陸だろう。そこにも赤い点が数か所打たれている。


「ウィスタ大陸側にも、魔物たちの巣窟は存在する。これらを殲滅させぬ限り、真の平和はありえない!」


「しかしベルツェックル様、その間の浮島群をどうやって渡るのでしょうか……最近、浮島が砕けて数が減ってしまったのはご存知かと思います。とても歩いて渡ることはできないでしょう」ガイトゾルフの一人が言った。


 浮島群……サーイがパラウェリの木からルカンドマルアに来た時に通った箇所だ。クペナが言った。

「大丈夫です。サーイはヨガブを使うことができます。わずかな浮島であっても、渡ることができるでしょう」

「ヨガブだって!? あの伝説の虹の魔法! あれを使える者などガイトゾルフにも滅多にいないのに……」

「さすが、クペナ様が直々選ばれただけのことはあるな……」と、ガイトゾルフたちは感心しきりだった。


「もしかして、私一人で行くのですか?」サーイは困惑した。

「サーイの力をもってすれば、恐れるものなどない。他の者たちは、ルカンドマルア付近に残る残党どもを始末する任務を頼む」

「はっ!」


「……でも……」とまだ困惑するサーイに、ベルツェックルが言った。

「一人では不安だろうが、心配ない。ウィスタ大陸には私の仲間たちがいる。彼らにも協力してもらうよう、親書を手配しよう」



―――――†―――――


 そのまた翌日、サーイは西へと出発することになった。


 ベルツェックルは、サーイのために直々に呪胎を施していた。


「これが、新しいヨガブだ。それから、サガム、フィレクト、ウィリュム、ラドワミ、ガートアミ、アシュタ……これだけあれば、どんな属性の魔物が来ても必ず倒せる」

「はい、ありがとう……ございます」

 その後、ベルツェックルはこう聞いた。

「他に必要な魔法は? 私はどんな魔法でも呪胎できる。遠慮はいらない」


 そう聞かれたので、一つ欲しかった魔法を言ってみた。

「では……ソルブラスとか、お願いできますか?」

 デウザが持っていた、魔物の善悪がわかる魔法。半減期が短いため、もう呪胎が抜けていた。


 ところが、それを聞いたベルツェックルは

「フハハハハハ……」

 と、不自然に笑い始めた。

「こいつは参ったな、サーイ。それはずるいよ、存在しない魔法を要求してくるとは。それはさすがの私でも呪胎できないじゃないか、アッハッハッハ、君はユーモリストだな」

 そう言っているが、明らかに怒りのようなものが伝わってきた。


「ごめんなさい、……私、行ってきます」

 サーイは、急いでその場を立ち去った。



 町の西門を抜けると、城壁外にも家が立ち並んでいる。その一軒の戸口が開き、母と息子の姿があった。


「カギン、元気でな」

「ああ、心配すんなって」


 そういって「息子」は飛び出していった。


 家の前を通り過ぎようとするサーイに、「母」が話しかけてきた。


「……! あんた…… いや、あなたなのですね……私の息子を追い出……いや、この度は、うちの息子が無礼を働いたそうで、大変申し訳なく……」

 相手はガイトゾルフである。自分の息子と同じくらい年下であっても、敬語を使わねば不敬罪で捕まると思ったのだろう。

 サーイは答えた。

「お母さま、謝らないでください。私、この件について何も思っていません、むしろ、ご子息を追い出してしまったことにお母さまこそお怒りではないでしょうか」

「何をおっしゃるのですか……それにね、うちの息子、やけにさっぱりした感じで出て行ったんですよ」

「……おそらく、そうでしょうね」

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