第23話 女神と呼ばれる者
「なあ陽菜、女神さまって?」
俺がそう訊ねると陽菜はにっこりと微笑み、
「実際に会って話した方が早いかもしれません。カケルさんとルナさん、私について来てください」
そう言って陽菜が先頭になり、俺たちを『女神さま』の居る場所に案内してくれた。
渋谷の街並みは荒れ果てており、裕福とは言えないが、人々はなんとか暮らしているという雰囲気だった。
若者だけでなく、お年寄りなど様々な人がいる。みんな迷い人なのだろうか?
人々が生活している駅前の広場を通って、俺たちは渋谷109の建物の中に入る。
中は薄暗く、床はひび割れ、商品などが散乱している。
こんなところに女神が居ると言われても、にわかには信じられない。
「電気が止まってしまっているのでエスカレーターが動いていないんです。大変かもしれませんが、頑張ってついて来てくださいね」
こんな状態なら電気が止まっているのが普通の状況だ。
クスリと笑い、止まっているエスカレーターを軽々と上がっていく陽菜。
俺たちも陽菜を追いかける。それを何回も繰り返した。お陰で足はガクガクだ。
7階のエスカレーターを上るところで、腕にバンダナのようなものを付けた人が2人並んで立っていた。
「この人たちは?」
「兵士団です」
兵士団……?
「説明は後ほど女神さまがしてくれると思います。さあ、先に進みましょう」
女神さまと呼ばれているくらいだから、警備が必要なほど偉い人なのかもしれない。
陽菜が片手をあげると、兵士団と呼ばれる人々は無言で横にずれる。陽菜はここでは信頼されている人物のようだ。
8階に繋がるエスカレーターを上ると、そのフロアだけは綺麗に整えられており、西洋のお城みたいなインテリアになっていた。
「2人とも、緊張される必要はないですよ。女神さまはとっても優しい方なんです」
陽菜は8階に上ってすぐに足を止め、俺たちもここで止まるよう手で制止した。
「……女神さま。今よろしいでしょうか?」
陽菜が静かに声を出すと、
「どうぞ」
優しそうな女性の声が奥から聞こえてきた。
陽菜が先頭になって更に奥に移動すると、玉座のような豪華な椅子に一人の女性が座っていた。
年齢は40代後半くらいだろうか。厚化粧をしていて、衣装は小林幸子もビックリするくらい派手な恰好をしている。女神と言われたら、そう見えるかもしれないが……。
「女神さま、この方々は新たに来られた迷い人のカケルさんとルナさんです」
驚いている俺たちに代わって陽菜が紹介をしてくれる。
「カケルさん、ルナさん、はじめまして。そして、ようこそ第三層へ。ここまでの道のりは大変だったでしょう? どうぞ、そこのソファに座ってください」
女神と呼ばれる女性は優しく微笑み、近くにあるソファに手を伸ばす。
ルナは少しも遠慮することなくソファにどかりと腰かける。俺もそれに続いてゆっくりとソファに腰を下ろした。キシキシと軋む音がした。
「自己紹介が遅れましたね。ワタシはこの第三層を統治する者……名前はそうですね、人々はワタシのことを女神と呼んでいます」
「統治……?」
「はい。ワタシたちはこの第三層に住み、暮らしているのです」
俺は彼女の言っていることがよく分からなかった。
「なんでわざわざダンジョン内に住んでいるんですか? もし次の階層に続く道があるなら、さっさと攻略して元の世界に戻るべきなのでは?」
俺が言うと、女神は目を細め「ウフフ」と笑いながら話し始めた。
「そうですね。第三層に来たばかりのあなた方が疑問に思うのは無理もないでしょう。でも考えてみてください。第一層、第二層と進むにつれて、モンスターの強さはどうなっていますか?」
「……それは、強くなっていますね」
「そうでしょう? もしもこの先、第四層に進んだらどうなると思いますか? 第二層を攻略するだけでも命の危険があったくらいですから、ここから先に進めば多くの死者が出ることは予想出来るかと思います」
「確かにそうだな」
「でしょう? 幸いなことに第三層は見慣れた街並みであり、多くの人が集まっています。命を落としてしまうかもしれないダンジョン攻略をやめ、ワタシたちはここで助け合いながら暮らすことに決めたのです」
なるほど、なるほどね……。
女神と話して俺はようやく理解した。なぜここに人が多く集まっているのか。人が生活しているのか。ここはある意味ダンジョン攻略をリタイヤした者のたまり場みたいなものなんだ。
それに、第三層は渋谷という日常の風景があるおかげで人々の精神の安定に繋がっているのかもしれない。
「ただですね、ここはダンジョン内ですから当然モンスターも現れます」
「じゃあ、モンスターはどうしているんですか?」
「ふふ、ご安心を。その為に兵士団がいるのです。あなた方もここに上ってくるまでにご覧になったかもしれません」
8階のエスカレーターの前に居たあの人たちのことだな……。
「兵士団は警護や、モンスターから人々を守るだけではなく、食料調達の為の宝箱の探索なども行っているのです」
「へえ。それは凄いな。第三層だけで一つの小さな社会が形成されているわけだ」
「そうなんです。食料はダンジョンが自動的に供給してくれますし、ここは雨も雪も降らない。飢えることも、凍え死ぬこともない、完成された理想郷と言ってもいいでしょう」
女神はまるでここが世界で一番幸せな場所だと言わんばかりに説明をしてくれる。
確かに、第一層や、第二層のように命の危険を感じながら生活をする必要はなくなる。平和に暮らしていくだけならある意味理想郷なのかもしれない。
だけど、俺が求めているのはそんな暮らしじゃない。
元の世界に戻り、いつもの日常を取り戻すことなんだ――。
「あの、女神さま。第三層が素晴らしいことは分かったんだけど、俺たちは早くダンジョンを攻略して元の世界に戻りたいんです。第四層への扉はどこにあるか教えてもらえませんか?」
「第四層への扉はこの先にあります」
「良かった。こんなすぐ近くにあるのか。ルナ、早速出発しよう」
そう言って、俺がソファから立ち上がった時、女神が続けた。
「……ただ、扉を開けるための鍵が無いのです」
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