第20話 取引


「……カケルくん、ルナを殺すつもり?」


 俺が剣を突き付けているというのに、ルナはニヤニヤと笑っていやがる。

 本当に刺すつもりが無いとでも思っているのだろうか。


「あはは! 無理無理! カケルくんはルナを殺せないよ。絶対にね!」


 どうしてそう言い切れるのか。ルナが持っているムーンアックスを振りかざそうにも、剣を突き付けているこっちの方が攻撃するのは早いはず。


その余裕は一体どこから出てくる……?


剣を握る拳に力を入れたその時だ。


 ドドドド……!!


 と、地面を揺らしながら何かが近づいてきている音が響いてきた。


 ――まさか、フォレストワーム? いや、この音は違う……。


 3秒くらいして、ソイツはやって来た。


大きな牙を持つ、巨大なイノシシ……いや、この大きさだとマンモスと言った方がいいのかもしれない。木を何本も倒しながらやってきたソイツはフォレストワームよりも遥かに凶暴そうな相手だ。

 利香さんの話にも出て来なかった相手だから、もしかするとコイツが第二層のボスなのかもしれない。


 くそ、よりによって、このタイミングで……。


「ねえ、こんなことしている場合じゃないんじゃないかな? このままだと2人とも死んじゃうよ? ルナとしてはカケルくんと仲良く一緒に死ねるならそれでもいいけど」


 ルナの言う通り……このままでは2人とも死んでしまうだろう。

 だが、俺はまだ死ぬつもりは無い。


「カケルくん、取引をしようよ」

「取引……?」

「ルナがあのマンモスをやっつけてあげる代わりに、カケルくんはその剣を下ろすの。悪くない取引だと思うけどな」


 確かに俺一人でこのマンモスに勝てる保証はない。

 このまま犬死にするよりはマシか……。


 そう判断した俺は無言で剣を下ろす。


「――取引、成立だね」


 そう呟くと同時に、ルナは動き出しムーンアックスを巨大なマンモスに目掛けて振りかぶった。

 ムーンアックスはそのままマンモスの肉体を切り裂くかと思われたが、攻撃はずれて鼻の近くから生えている大きな牙に命中してしまう。……ムーンアックスの扱いにはコツがいるのだろうか。

だが、切れ味は抜群のようであの硬そうな牙もバターのようにスルりと切れてしまう。幾分かはダメージを与えられたようだ。

 

 片方の牙を失ったマンモスは激高し、俺たちに向かって一直線に突進してくる。

 俺もルナもどうにか避けようと構えるが……。


「……くっ、速くて避け切れねえ!」


 怯んだ俺は思わず目を瞑ってしまう。

結果、俺たちは吹き飛ばされ、近くにある大きな岩に激突してしまった。

 激しい衝撃。一瞬だけ気が飛んでしまいそうになるが、歯を食いしばってなんとか耐える。

 それから立ち上がろうとするも、力が入らない。どうやら俺もなかなかのダメージを食らってしまったらしい。


「……こうなったら、ポーションで回復するしかないか」


 震える手でスマホを操作して、ポーションを取り出す。そして、一気にそれを飲み干した。

 痛みが少しずつ和らいでいき、どうにか立ち上がることが出来た。


 ――そうだ、ルナは……ルナはどこに居る?


 辺りを見回すと、近くで地面に突っ伏しているルナを発見した。

 腹部からは血が出ており、気絶しているのか動かない。俺の場合、牙が折れていることが幸いして、どうやらこれだけで済んだようだったが、ルナにはもう片方の鋭い牙が当たってしまったようだ。

 俺がさっき目を瞑ってしまったせいだ。そのせいでルナは上手く避けれなかったんだ。こんなんじゃ自分で回復することも出来ないのだろう。


 マンモスは再び突進しようとしているのか、狙いを定めている。

 このまま2回目の攻撃が来るとなれば、避けられる自信がない。

 咄嗟に炎の杖を振りかざし、相手を牽制する。

火の玉を連発すればどうやら時間稼ぎにはなるようだ。


 そして、その隙にポーションを使い、ルナの体力を回復させる。


「おい、ルナ。しっかりしろ!」

「……ん、カケルくん……? 助けてくれたの?」

「取引したからな……頼むぞ」


 俺がそう言うと、ルナは一人でブツブツと呟き始めた。


「カケルくんがルナを求めてくれている……カケルくんがルナを求めてくれている……ッ!!」


 ルナはフラフラとした足取りで立ち上がると、ムーンアックスを持ったまま、モンスターに向かって走りだした。同時にマンモスもルナに向かって走り出す。


 2度目の正直。ルナもムーンアックスの扱いのコツが掴めたのか、今度は外さなかった。

 ぶつかるという一歩手前でルナは大きく跳び上がると、モンスターの脳天に向かって刃を思い切り叩きつけた。


 グラリとモンスターの身体が大きく揺れ、一瞬だけ動きが止まる。

 頭のてっぺんからは噴水のように真っ赤な血が噴き出しているが、身体が大きいからだろうか、一撃では沈まない。


 弱っていることは確かだが、モンスターもこのままやられるつもりはないようで、ルナの着地を狙って体当たりを繰り出した。


「きゃああああっ!!」


 ルナは悲鳴を上げながら再び遠くまで吹き飛ばされてしまう。


「ルナ!!」


 今度は茂みがクッションになったようで、ダメージは最小限で済んだようだ。


「……わ、わたしは大丈夫……」


 そう言って気を失うルナ。何が大丈夫なんだよ。


 俺も傍観者を決め込んでいるつもりは毛頭ないので、動きの鈍っている今のうちにとどめを刺すべく、収納していたフォレストワームの体液をマンモスにぶちまける。


 そして――。


「燃え上がれ!」


 離れた場所から炎の杖を振るい、マンモスにぶっかけた体液に引火させる。体毛が乾燥していたのか、マンモスの身体は一気に燃え広がった。


「グオォォォォォ!!!」


 マンモスは炎の中で苦しそうな唸り声をあげる。

 炎は少しずつ、マンモスの身体を焦がしていく。やがて炭のように真っ黒になり、動かなくなった。マンモスの死体の側には金色に輝く鍵が落ちていた。

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