第8話 ダンジョン飯

「2人ともおかえりなさい! 何か収穫はありましたか? ……あ、カケルさん、その防具どうしたんですか!? カッコイイですね!」


 隆史はキャンプ地で体育座りをしながら待っていた。

 よほど1人が不安だったのか、俺たちの姿を見るなり、嬉しそうに駆けてくる。


「へへ、いいだろう。食料も沢山ゲット出来たぞ。ダンジョンで取れたダンジョン飯だ!」


 自慢げにスマホに保存した食料を次々と取り出していく。

 目の前は豪勢な料理で埋め尽くされていき、美味しそうな匂いが辺りに漂い始める。


「わ、すごいですね。これって誰が作ったんですか? まさかルナさん?」

「そんなわけねーだろ」


 と、相変わらず辛辣なルナさん。


「全部調理済みで宝箱の中に入っていたんだ」

「へ? 全部調理済みで……?」


 俺がそう言うなり、隆史は顔色を悪くさせる。


「ちょっと待ってくださいよ! こ、こんなわけのわからない場所で作られた食べ物を食べても平気なんですか!? だ、大体なんの肉かも分からないし……ぼ、ボクは遠慮しておきます」

「おいおい、せっかく取って来たんだから隆史も食べようぜ? 鑑定したけど毒も何もないみたいだし、食わないとこの先やっていけないって」


 俺が説得を試みるも、隆史は少しも食べようとしない。

 やがて観念したのか、リンゴにだけ手を伸ばし、食べ始めた。


「ぼ、ぼくはこれだけで十分です。あとはお二人でどうぞ……あと、先に休ませてもらいますね」


 隆史はリンゴを持ったまま俺たちを残して、1人で寝床に戻って行った。


「あいつ、ルナとカケルくんのデザートを独り占めしやがって……」


 隆史を心配するどころか、毒を吐くルナ。


 隆史を呼び戻そうか悩んだが、無理強いをさせて関係が悪くなってしまっては今後に響くと思い、止しておくことにした。


「カケルくん♪」


 ルナに甘い声で呼ばれて振り返ると、唇に何やら柔らかいものが当たる。

 目の前にはルナの顔が――なんということか、ルナと俺でキスしてしまっているではないか!


「むぐ……ルナっ! 何をするんだ!」


 それはまるで蛇のように、俺の口の中に食べ物と一緒にルナの舌が入り込んでくる。突然のルナの行動に驚いた俺は、思わずルナを突き飛ばしてしまう。


「いたた……口移しして食べさせてあげようとしたのに、酷いよぉ」

「そんなの必要ねえって。一人でも食えるし、大体女の子がそんな簡単にキスとかするもんじゃないだろう?」


 俺が注意しても、ルナは少しも悪びれる様子はない。それどころか、妖艶な笑みを浮かべながら俺の目をじっと見つめている。


「もう、カケルくんったら何を言っているの? ルナとキスをするのはこれが初めてじゃないでしょう?」

「……は? 何を言っているんだ?」

「んー、あの時のカケルくんは意識が無かったからしょうがないか」

「意識がない……?」


 ルナにそう言われて思い浮かんだ一つの情景。

 それは、俺が学校の屋上から落ちて気を失ったときのこと――もしかすると、ルナはその時のことを言っているのかもしれない。


「まさか、学校で俺が気を失っていた時のことか……?」

「正解。カケルくん、あの時はいつ死んでもおかしくないくらい酷い怪我だったんだよ?」

「じゃ、じゃあ。俺が今生きているのは、ルナが必死で看病してくれたからなのか……?」

「ピンポンピンポン♪」


 ルナはクイズで正解したときの効果音の真似をしながら嬉しそうに手を叩く。


 俺が目覚めた時、あれだけ強い衝撃を受けたにも関わらず、大した痛みを感じなかったのは、先に目覚めたルナがしっかりと看病をしてくれたからなのか……。


 ――もしかすると、俺の治療するためにルナは一人でダンジョンに潜って回復アイテムや食料を集めてきたのかもしれない。それなら、ルナがこのダンジョンに詳しい理由もある程度納得がいく。


「それは知らなかった……ゴブリンから助けてくれただけじゃなく、そんなことまで。ルナには世話になりっぱなしだな……本当にありがとう」


 俺が改めてお礼を言うと、ルナは満面の笑みで俺の方に近づいてくる。


「気にしなくてもいいよ。ルナはカケルくんの為ならなんでもするって決めているから。カケルくんはルナのことを思う存分利用すればいい」

「り、利用って……」


 そのままルナは俺の肩に腕を回し、そのままキスをしようと唇を近づけてくる。


「本当になんでもしてあげるよ。言われればキスでも、それ以上のことでも……」


 ドキリと心臓が跳ねる。

 甘く囁くような声で誘惑してくるルナ。

 据え膳食わぬは男の恥とも言うし、いっそのこと受け入れてしまうか……なんて思ってしまう俺がどこかにいる。

唇と唇が触れそうになったその瞬間、


「な、なにをやっているんですか、2人で……」


 真顔で俺たちを見下ろす隆史がそこに居た。


「い、いや、別にこれはなんでもないんだ!」


 そう取り繕っても手遅れなことは分かっていた。

 何か別の言い訳を言わなければ、そう迷っている内に、


「……なんでもない? なんでもないのに男女が口づけするんですか? だったらなんでボクは生まれてきて17年間女子と口づけできていないんですか!?」


 突然叫び出す隆史。だがそこで……、


「隆史くんには関係ないよね? わたしとカケルくんはこういう関係だっていうこと、それだけだから」


 ルナがきっぱりと言いやがった。

 隆史はゴミを見るような目で俺たちを見下ろした後、


「……まあ、2人が何をしようが勝手ですけど。睡眠の邪魔だけはしないでくださいね」


 それだけ言って、隆史は寝床に戻って行った。


 どうも隆史の様子がおかしい気がする。疲れがたまっているのだろうか。


「あいつのせいで、なんだか雰囲気壊れちゃったね」


 ルナの言葉に俺は苦笑する。


「こんな場所じゃ雰囲気も何も無いでしょう。俺が先に見張っているからルナは先に寝床で休んでいてくれ」


 俺がそう言って棍棒を手に取り持ち場につくが、ルナは少しも動こうとしない。それどころか、俺に抱き着いて離れようとしないのだ。


「やだ。ルナはカケルくんと一緒にいる」

「見張りは交代制って言っただろう? 今は俺一人だけで十分だから寝てろって」

「ルナは寝ないからいいもん」


 そう言いながらルナは自分のスマホを操作してある錠剤を取り出す。そして、そのまま水も飲まずに錠剤を飲み干した。


「なに? その薬……」

「精神刺激薬。興奮剤とも呼ばれててね、これなら眠らずに見張りできるよ」


 俺の隣でニッコリと微笑むルナ。


「なんでお前、そんなものを持っているんだよ!?」

「可愛い女の子には薬がつきものなんだよ」

「いや、意味分かんねえよ」

「……あ、なんか興奮してきたかも……」


 そう言って、ルナは俺に身体を擦りつけてくる。


「いくら精神刺激薬と言ってもそこまでの即効性はないだろうに……」


 半ば呆れながら、俺はルナと見張りをすることになったのであった。夜はまだ始まったばかりだった。

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