60人目の客人


「こんにちは」

 扉を開けて僕のことを見ると、警戒も何もせずに、すぐに小屋の中へ入ってきた女性。


「こんにちは。紅茶を淹れますね」

 そう言うと、女性は少しばかり驚いた顔をした。

「あなたがやってくれるの?」

「ええ」


 僕はにこりと笑って言ってやる。

「いつもお疲れ様です」

 そう付け足すと、女性は椅子に半腰になった。



「……あなた、どこまで知っているの?」


「どこまで、とは?」

 僕は意地悪く、ただの無を映した鏡のような眼を作り、女を、じんわりとスパイスを織り混ぜて、見つめた。

 居心地悪そうに、女性は、両手を噛み合わせたり、髪をいじったりしていた。




「どうぞ」

 僕が紅茶を出すと、女性はそれを、酒でも飲むかのようにガバッと飲み干した。唇を乱暴に拭うと、女性の細くて白い手に濃い紅が移った。


「何かお話を聞かせてくださいませんか?」

 そう口を訊いてやると、女性はまごつきだした。

「あまり話したくありませんか?」

 僕が残念そうに眉を潜めて、優しい表情をしてやると、女性はどうしても譲れないところ以外を喋り出した。

 所謂、男にどれだけモテるか、と言う話、ではなく、流石にそこまでストレートではないが、それに近いことを喋っていた。僕は逆にその姿に好感を持った。


「あなたの欲しいものとは何ですか?」


 聞いてやると、女性は即答する。

「愛情」


「そうですか」

とだけ言うのは失礼だと思い、少し付け足す。

「誰からの愛情かは関係ないのですか?」


 怒りのあまり、女性の顔が、熱く、じわりと歪んで、闇が顔を上げた。

 窓の外は雨と風で渦巻いていた。

 ガタガタと窓が悲鳴を上げている中、僕らの話は続く。


「関係ないわけないじゃない」

 そう言って、女性はついに立ち上がった。

「まだここにいた方が良いですよ」

 アドバイスのつもりで言ったその言葉に、でも特に意味はなかったが、女性は、バンッと扉を開いて、走って行こうとした。


 豪華なだけのギラギラ光るドレスが風に靡き、飛ばされそうなほどの突風に、女性は少し怯んだ。


「あの人の隣を目指すなら、またここへいらっしゃい」

 つくづく僕も甘い、と思うが、その次に、頬を張られた。


 じわりと痛む頬を放っておいて、にじり寄った。

「あなたの一番欲しいものは何だと思いますか?」

「だからっ……!」

 グイッと彼女の手を引っ掴んで強引に引き寄せ、目を合わせた。

「誰からの、何が、欲しいのですか?」

「え……?」


 女性は下を向いて、回答を考え始めた。じっくりと待ってやると、女性の瞳は段々と正気を失っていった。


「ぐぅえっ」

 今まで飲んでいたもの、食べていたものを吐き出した女性に、僕は少し苛つきを覚えた。

 綺麗な茶の髪が乱れて、それはそれで綺麗だった。

 大きすぎる目の代償に、目の周りをじわりと不快なほど真っ黒く染めながら、女性はどんどんと、考えてはいけない、いけなかったことを考え出した。


 

「あああああ!!」

 とうとう狂ってしまった彼女を、僕は後ろから軽く押した。


「さあ、どうぞ。いってらっしゃいませ」

 女性は全力で、全力以上の力で走り出した。




「またのおこしを、お待ちしております」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る