51人目の客人


「こんにちは! 失礼します!」

 もんどりうつように入ってきたのは、背の低く、気の弱そうな青年だった。

 メガネ越しにキョロキョロと目線を逸らし、頑なに僕の目を見ようとしない。


「どうぞ。紅茶を用意しますので、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 僕がそう言って奥へ消えると、青年はソワソワも周りを見回した。

 外の様子を、手負いのウサギのように眺めているうちに、彼の呼吸はどんどん落ち着いて、規則正しくなっていった。



「どうぞ」


 目の前にカップを置いてやると、青年は、スルスルと紅茶を溢すことなく飲んだ。


「お邪魔して申し訳ありません。

 この森へ用事があったはずなのですが、なんだったのか、それを忘れてしまって」


「この森に、用事、ですか……」


 そう聞くと、はい、と青年は元気よくうなずいた。

 そして考え込み、少しの沈黙が場を満たす。



 時計の音だけがチクタクチクタクと、響く部屋に、青年が机を叩いて音を足した。


「そうでした!! 俺は、父と母を埋めに来たのです!」


 ギッと僕は動作をやめてしまう。


「はい?」


 聞き返すと、彼は落ち着いた動作で、なんでもないことのように、

ポケットから包丁を取り出し、それに巻いてあった赤黒く変色している布をスルスルと外した。


「僕は人を殺すのが好きなようなんです。

 それをしている時だけ、安心できる」


「そうなのですか」


 僕はにこりと裏側の顔で笑って、自分に包丁で狙いをつけようとする青年に、言葉をぶつける。



「なら、もっと良い笑顔でいてくれなければ」


 青年を見たまま、僕がトントンと顔をつつくと、青年は素直に顔に手を当てる。


「えっ?」


 手についてきた液体を見て、彼はしばらく自分を失って立ち尽くしていたが、ふわりと笑って、苦笑の顔のまま、楽しそうに笑おうと努めた。



「あなたは誰も殺していないのではないですか?」



 そう言ってから、いや、と考えてしまう。


「そうですね。

 あえて言うとしたら、あなたはあなたを殺したようなものなので、1人殺した、とでも言うべきなのでしょうか」

 青年が安心できるように手を大きく広げて青年を受け入れる姿勢を作るが、彼は少しずつ顔を蒼く歪め、顔の造形を変えてしまうほどに歪めた。

 被害者で加害者の顔へと、どんどん変わっていく様を見つめて、僕は部屋の奥に、声を届ける。


「お師匠様。終わりました」


 知人のお師匠様に声をかけると、彼はゆっくりと闇から抜け出し、青年の前に姿を現した。

 顔は見えない。人が増えたことでパニック寸前の青年。だが、お師匠様はスルリと懐に入った。

「大丈夫。何も怖いことなんてない」

 彼はさらに青年に近づく。


 青年は視線を揺らめかせながら、何も抵抗しようとしなかった。

「捕まえた」

 嬉しそうに言うお師匠様に、僕も笑って、言った。


「またのおこしを、お待ちしております」

 青年の視界はそこで途切れた。

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