???人目の客人c

「突然申し訳ない!女の人か男の人を見ませんでしたか?」


 ご丁寧に扉を叩いて、僕が扉を開けるまで待っていた男に好感を持ち、少しだけ希望を持たせてやる。


「会いましたよ。女性にも男性にも」


 僕の望むところではないが、彼にダメージを与える情報も付け加える。


「かなり前の事なので、もうこの辺りにはいらっしゃらないと思いますが」


 肩を落として、思わず座り込んだ男性に、僕は提案をする。


「紅茶でもいかがです? その様子じゃ彼らは見つかりませんよ」


 男は伽藍堂がらんどうの目をして、言葉の意味も深く考えていないような顔で、なんとか頷いてみせた。


 僕はその様子が不憫になって、思わず声をかける。


「彼らはお互いに何かから逃げ回っていたような気がしましたね」

 男はハッと項垂うなだれていた顔を上げて、希望を灯した目で僕を凝視する。


「嘘なんか言って何になるんです」


 くすりと笑って奥へ行くと、男は少しだけ元気を取り戻したように、すっと立ち上がり、席についた。


「どうぞ。菓子も沢山ありますので、遠慮なさらず」


 そう言うと、男は今まで食べることを忘れていたかのように、すごい勢いで食べ始めた。


 案の定喉に詰まったのか、ゴホゴホとむせ返る男に、紅茶を勧めると、一気に飲み干した。今度はその熱さに喉をやられてむせ返る男に、僕は少し本心から笑ってしまった。


「大丈夫、彼らはあまり遠くへはいきませんから。ゆっくりお休みくださいませ」


 そう言うと、男はぷっくり膨れた頬をそのままに、僕の方に向き直る。


「何故そんなことが分かるのですか?」


 案外話をちゃんと聞いていた男を意外に思いながら、僕はのんびりと答えてやった。


「僕はこの森にも通じていますから」


 案の定、森に詳しい、という意味に捉えた男は、人懐っこそうに少し笑って、今度はのんびりと、優雅に菓子を食べ始めた。


「あなたは、どの結末がお好みで?」


 男は即答する。

「あの人が幸せになれるならどれでも」


 そうですか、と彼を眩しく感じながら僕が言うと、男は照れ臭そうに笑いながら言った。


「もっとも、俺があの人と結ばれる、という物語が1番ですが、でも、もうあの人に俺は嫌われているようなので」


 少し目の色を黒く染めながら、男は答えた。長めの黒髪に綺麗な黒目。人懐っこそうな男は、顔が整っているわけではないものの、人気があるのだろうな、と僕に思わせる何かがあった。


「勿体無い、と言われたことがあるのですか?」


 また突然の質問に、男は驚いて少し目を見開いた。


「……何度もありますね。でも、俺は俺なので」


「後悔は無い、と?」


「ええ」


 キッパリ断言する男に、僕は感心しながら、興味深そうに男を見つめた。



「ご馳走様でした」

 綺麗に大量の菓子を食べ終えて、男はきっちりと頭を下げる。


「この御恩は後でお返しさせていただきます」

 出来ない約束をしたことに気づかない男。僕は好感を持ちながらお辞儀をする。


「いえ、久しぶりに美味しい紅茶が飲めましたので、気にしないでくださいませ」


 ニコリと男が笑うと、周りに花が咲くような陽気が満ち満ちた。


「ではお言葉に甘えて」

 そう言うと、男は強い決意を胸に宿らせ、森の中へ入っていった。


 僕は、男にかける言葉が見つからずに、その背中を見守っていた。

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