??人目の来客
「こんばんは! 元気かい? 僕の相棒!」
僕は何も言わずに紅茶の準備を始める。
なんだよ冷たいな〜、という声を無視して、紅茶を置いてやる。
呆れ返ったように僕を見つめる彼の視線が痛い。
沈黙の時間が流れる。僕は彼の雰囲気に押されて、一歩も動けなかった。
そんなに怒るようなこと言ったか?と考えていると、のんきだねぇ、という言葉と共に彼の怒りが霧散した。
考える方が無駄だと、彼は気分屋なのだとようやく悟ったというのに、どうしても慣れさせてくれやしない。
「じゃあ、今日の噂話、聞かせてあげるね!」
彼は心底楽しそうに、人の人生を語る。
「今日は、ある夫婦についてのお話だ! そのうち女性は、夫から暴力を頻繁に受けてきた。初めは結婚なんてそんなものだ、ハズレを引いた自分が悪いんだ、と強迫観念を形成して我慢していたが、彼女は父親に痣を見られ、問い質されると、いつの間にやら女性は泣いていた」
父親に痣を見られる、ってことは多分無意識下に助けてほしい、と心の中では叫んでいたんだろうね。そういって彼は何がおかしいのか、高らかに笑う。
彼の笑いの発作が落ち着くと、彼は一気に話を展開させる。
「彼女は父親に促され、逃げ出した。そして、この森へと辿り着いたんだ。ボサボサになった髪の毛は彼女の生きようとする証だったってことだね」
僕をじっと眺める。
僕はため息を我慢して、彼の望みを奏でる。
「人は見た目じゃわかりませんね」
そうなんだよ! と明るい顔をして、彼は叫ぶ。窓の外で美しい声を奏でていた鳥は、とっくの昔に居なくなっていた。
彼が上機嫌で紅茶を飲む姿を眺める。
よくあんなまずい紅茶を美味しそうに飲めるものだと、僕は呆れを通り越して尊敬の眼差しで彼を見る。
「今日の紅茶、いつもと淹れ方が違うね! 美味しいよ」
そう言って、僕が嫌がらせのために手に入れた質の悪い紅茶を飲み干す。
何となく罪悪感が湧いてきて、僕は彼に菓子を出してやった。
いいの?とばかりに顔を輝かせる彼は、まるきり子供のようで僕が怯まされてしまう。
「……どうぞ」
そう言ってやると、無邪気に笑って彼は菓子を噛みしめるようにモクモクと食べ始めた。
沢山あった菓子がどんどん減っていくのを見て、今まで彼に菓子を出さなかったことを反省させられる。
「あなたなら、そんなものすぐに手に入るのでは?」
僕がたまらなくなって声をかけると、彼は食べながら答えた。
「僕は、誰かからもらうことでしか食べることが出来ないんだよ」
そういうことになっているんだ、と彼は頬を菓子で膨らませながら答えた。
人は一面だけではないのだ、と何度学んでも、すぐに忘れてしまう自分に腹が立ち、一瞬で霧散する。
そもそも、こいつは人なのか?
「まあ、何でもいいじゃないか」
いつの間にやら食べ終えたらしい彼が、口についたクズをハンカチで払って、僕に優雅に、それでも無礼なほど、近寄る。
「ご馳走様。今日のは一層美味しかったよ」
彼は本当に満足そうにそう呟き、寂しそうに笑った彼の本当の顔が、少しだけ、見えた気がした。
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