猫を捨ててしまった。
ウゾガムゾル
猫を捨ててしまった。
猫を捨ててしまった。
昨日、僕は、側溝の近くに、猫を捨ててしまった。
猫を捨ててしまった。
段ボールの中に閉じ込めて、猫を捨ててしまった。
猫を捨ててしまった。
何も考えずに拾って、手に負えなくなってしまった。
猫を捨ててしまった。
誰にもばれないように、猫を捨ててしまった。
一週間前、僕は猫を拾った。
その日は雨が降っていた。湿った空気に憂鬱になる気分。
その中に、それは突然現れた。
小さな箱があった。白い箱だった。街路樹の下にあった。それは、やけに目を引いた。
僕は近づいてそれを開けた。中には猫がいた。藍色の、大人になりかけの猫だった。
弱っていた。毛並みはボロボロで、薄汚れていた。震えていた。
とっさに僕は周りを見た。僕が捨てたんじゃない。僕は見つけたんだ。勘違いしないでくれ。
帰ろうとした。箱を閉めようとした。
でもそいつの黄金色の目は、僕をそうさせてくれなかった。
箱を持って帰った。六畳のワンルームの中で、箱を開けた。もうほとんど動いていなかった。焦った。何をすればいいかわからなかった。
急いでミルクを買ってきた。それをあげた。多少はよくなった。少しほっとした。部屋を暖かくして、よく見ておいてやった。タオルを重ねてベッドを作った。その日はもう疲れていて、眠った。
次の日、起きると猫はいなかった。
と思ったら、カーペットの上で歩いていた。ご飯をあげてから、少し遊んであげた。僕は仕事に向かった。
次の日も次の日も、猫がいる以外普段となんら変わらない日が続いた。楽しかった。
猫は日増しに元気になっていった。ある日は部屋を荒らしていたこともあった。でも許せた。
このまま飼い続けてもよかった。でも里親を探した方がいいと思った。でもその前に先に動物病院にいこうと思った。
その日は帰りが遅くなり、終電を逃してしまった。仕方がないのでホテルで一泊した。その日は眠すぎてすぐに寝てしまった。
次の日起きたら、もう昼間になっていた。
僕は焦ってホテルを飛び出して、会社に直行した。上司に怒られたけどどうしようもないから、そのまま勤務続行。
遅くまで残業して、あげくまた終電を逃してしまった。でも、明日は休みだから、ゆっくり寝られるぞ。
僕は、昼間まで眠った。よくは覚えていないが、いやな夢を見た気がする。
まどろみの中で目が覚め、しばらくぼうっと固まっていた。
途端に血の気が引いた。
心臓の鼓動が、無理に加速していく。
猫を放置した。
急いでホテルを飛び出した。
間に合え、間に合え、間に合え。
改札を通った。そのときのちょっとした服との突っかかりでさえ、僕の気を動転させるのには十分だった。
間に合え、間に合え、間に合え。
ホームで電車を待っている時間が、無限につづくかのようだった。
間に合え、間に合え、間に合え。
やっと電車に乗れた。電車の揺れがもはや気持ち悪かった。
間に合え、間に合え、間に合え。
電車は最寄りに到着した。そんなに混んでいるわけでもないのに、人を押しのけて飛び出した。心臓の鼓動が、その人にも伝わってしまったかもしれない。
間に合え、間に合え、間に合え。
僕は家路を、全力で走った。周りの人は、変な目で見ていたかもしれない。でもそんなこと知らないさ。
間に合え、間に合え、間に合え。
マンションに到着した。階段を駆け上がった。廊下を急いだ。
間に合え、間に合え、間に合え。
やっとの思いで、自室の扉の前にやってきた。
息切れが激しくて、ノブに手をかけたまましばらく喘いでいた。
走るのをやめると、頭がおかしくなりそうだった。
入ろう。間に合え、間に合え、間に合え。
何に間に合うって?
まだ生きている。もとは野性動物。そんなに弱くはない。はず。
そっと、マンションの戸を開けた。
猫はどこだ。テーブルか。ベッドか。ソファーか。
見つけたかった。でも、見つけたくはなかった。
はたして見つかった。
灰色のカーペットの上。
そこには、倒れた小さな命があった。
猫は動かなかった。
猫は固まっていた。
生きているのかはわからない。
しばらく動けなかった。真っ青になった。
激しく後悔した。
悲しい気持ちよりも、罪悪感が勝った。
僕は犯罪者だ。
次の瞬間には、もう体が動いていた。
猫をそっと拾って、最初の箱に入れた。
ガムテープで箱を閉じた。
動悸が止まらなかった。
僕は箱を持って、外に出た。
閑静な住宅街で、周りを見渡した。
人はそんなにいない。誰も僕を見ていない。
助かった。
僕は雑木林の入り口の側溝に、箱を置いた。
人は誰もいなかった。
猫を捨ててしまった。
しゃがんで箱を置いた。
最後に箱をじっと見た。まったく、動かなかった。
ガムテープの端に手を伸ばした。手は引っ込んだ。
動悸。
猫を捨ててしまった。
周りを見渡した。道の奥に、一人だけ向かってくる人がいた。でもこっちは見ていなかった。
僕は、立ち上がった。
なるべくゆっくり、ゆっくりと歩いた。むしろわざとらしかった。
猫を捨ててしまった。
浮き足立ったまま、家に向かった。
捨ててしまった。
マンションに帰って、しっかりと鍵を閉めた。
テーブル向かうと、もう何もいなかった。捨ててしまった。
重い荷物がすっとなくなったような気がした。
しかし、重い荷物を背負った感じもした。
まだあそこにいる。生きているかもしれない。
知らない、僕には関係ない。
それから僕はもう、猫を見ることができない。
猫を捨ててしまった。 ウゾガムゾル @icchy1128Novelman
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