第137話

「黙れぇぇぇぇぇえ!」

 今までの冷静な物言いが嘘かと思う程の怒号を上げ、エスメラルダは口から火炎の吐息を吐いた。

 ティリスは避ける事も適わず、その火炎を全身で受ける。

「なっ……おい、ティリス⁉」

 思わずアレクが声を上げるが、彼女に声が届くはずがない。

「おのれ、魔族が! 我ら竜人族を舐めるなぁッ!」

 火炎の息を吐きながら、エスメラルダは両手から<火球>や<風刃>、更には<雷光>の魔法などを滅多打ちする。

 あたりには爆音が響き渡り、地面が揺れる程の激しい攻撃だった。そのあまりの容赦の無さに、地上で戦っていたララ達も啞然と空を見上げていた。

 空は炎魔法の赤色や風魔法の緑、或いは雷魔法の黄色等、さまざまな色が爆音を立てながらぶつかり合っている。

「おい、ティリス⁉ 大丈夫なのかよ!」

 アレクは居ても立ってもいられなくなって、思わず戦場へと走っていた。

 この竜姫はララ達が戦っている竜人族とは桁が違う。彼らもアレク達人族からすれば十分に強いが、エスメラルダはその域ではなかった。

 これまでの戦闘で、ティリスがこれほどまで敵の攻撃を被弾していた事はない。心配しないはずがなかった。

 それから数分の間、エスメラルダはティリスに向けて魔法を何度も何度も放つ。ティリスがどの程度被弾して、どの程度被害を被っているのか、煙と炎が空を覆っていて全くわからなかった。

 その間、アレクはただその光景を絶望的な気持ちで見ているしかなかった。彼には、そこに横槍を入れる力すらないのだ。

 永遠に続くかと思われたエスメラルダの攻撃は、それから暫くした後に終わった。エスメラルダとて相当体力と魔力を消費したのだろう。肩で息をしている。

「くっくっく……あーっはっはっはっ!」

 エスメラルダの肩が小さく震えたかと思えば、唐突に高笑いをした。

「愚かな魔族めが、油断しているからそうなるのだ! 我が全力の攻撃をこれだけ食らわば、如何に上位魔神と言えども無事では済まぬだろう! 竜人族を舐めるでないわ!」

 竜姫の高笑いは続いた。

 しかし、煙と炎が徐々に晴れていくにつれて、その高笑いは勢いを失っていく。煙の中から、翼・角・黒いローブと徐々に上位魔神の輪郭が浮かび上がってきたのだ。

「なっ……そんな、バカな……ッ」

 俄には信じ難い、と言った様子で竜姫がその様子を見ている。その表情は驚きと困惑と恐怖で満ちていた。

 煙が完全に晴れて姿を現したのは、無傷の上位魔神だった。

「まあ……竜人族なら、この程度ですよね」

 ティリスは鼻で笑って肩の煤を払った。

 その様子を見て、アレクは安堵の溜め息を吐く。

 ──さっきは竜人族が化け物だなんて思ったけど……忘れてたよ。俺の女は、その比じゃなかった。

 最近は泣いているところや女の子らしい面ばかり見ていたので、すっかり忘れてしまっていた。彼女は魔族でも上位種の上位魔神で、更にネームド・サーヴァントでもある。その強さは人知の及ぶところではないのだ。

 よくよく考えれば、ティリスには<支配領域>がある。彼女の周囲半径五メルト以内は全て彼女だけの固有空間。炎の息や魔法の類が通るわけがない。

「バカなッ! 貴様、一体何を……⁉」

「……? 何もしてませんよ?」

 チカチカ眩しかったので目を瞑ってました、と上位魔神は悪戯に笑って付け足した。

「ふ、ふざけるなぁーッ!」

 竜姫は鉤爪を伸ばし、そのまま怒号を上げてティリスに斬り掛かるが──その鉤爪は彼女に届く前に、ぴったりと動きを止めてしまう。どれだけ力を込めてもびくとも動かない様だった。

「と、通らぬ……これは……⁉」

「それが限界ですか?」

「何……⁉」

「後学の為に教えてあげますけど、あそこにいる鬼族は、私に攻撃を当てる事が出来ましたよ?」

 ティリスはちらりと地上の桃色髪の鬼娘に視線を送って言った。

 ティリスの無事が解ったからか、地上でも丁度戦いが再開されている。こちらもすぐに決着は着きそうだった。

「自分達をどれほど崇高な種族と思っているのかわかりませんけど……種族に優劣なんてありません。それが、私の辿り着いた答えです」

 上位魔神がそう言い切った瞬間、竜姫の鉤爪がパキンと音を立てて無残に折れた。

 更にティリスは<支配領域>で空気を圧縮した風圧を放って竜人族の姫を吹き飛ばし、先程のお返しだと言わんばかりに<火球>を連続で浴びせた。


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