【七夕SS】短冊に願いを込めて

 〝名もなき森〟の中にあるターポートの村に滞在していたある日である。往診をしていたラトレイアが、変わったものを持って帰ってきた。

 彼女が手に持っていたのは、何かの植物の茎だ。中空で木質の茎に、手を広げたような葉がついている。アレクが初めて見る植物だった。


「それは何ですか?」


 上位魔神ティリスも初めて見た植物なのだろう。聖女が持っていた植物を見て、首を傾げていた。


「二人は七夕っていう行事を知ってる?」


 ラトレイアがティリスの問いに答えず、質問で返してきた。よく分からない単語が出てきて、アレクとティリスは顔を見合わせる。


「タナバタ、ですか。私は初めて聞きました。アレク様は知ってましたか?」

「いや、俺も初めて聞いたな、そんな行事」


 二人がそう答えると、ラトレイアは「まあそうよね」と微苦笑を浮かべた。


「七夕っていうのはね、ルンベルクから海を渡って、遥か東の方にある国にある行事なんだけど──」


 ラトレイアは『七夕』という行事を簡単に説明した。

 七夕とは、ルンベルクより遥か東の国に伝わる行事で、働き者のオリヒメと牛飼いのヒコボシと呼ばれる男女の恋物語が起源となっている。

 神の娘であるオリヒメは機織りが上手な働き者で、同じく働き者の牛飼い・ヒコボシと恋に落ちて結婚した。しかし、結婚すると旦那のヒコボシは働かなくなってしまい、遊んでばかりの日々。それに見兼ねた神が、アマノカワと呼ばれる空にできる大きな川を境に二人を引き離し、会えなくしてしまったのだと言う。


「え、無理矢理引き離しちゃったんですか⁉」

「そうなのよ。遊んでばかりのへの罰ね」


 ラトレイアが〝ぐーたら男〟を少しだけ強調しながら、横目でじとりとアレクを見る。


 ──おい、そこで何で俺を見るんだよ。


 聖女の意味深な視線に不服さを覚えるアレクだが、その怒りをぐっと抑え込む。ここで反応しては、聖女の言う事を認めてしまう様なもの。黙って知らんぷりをするのが得策なのだ。


「オリヒメさんが可哀想です……」


 一方のティリスはというと、眉根をきゅっと寄せて、辛そうに七夕の話を聞いていた。


「そうね。オリヒメはそれに悲しんで、毎日泣いて暮らしたそうだわ。それに見兼ねて、神様が年に一度、七夕の夜にだけ会う事を許したんですって。オリヒメはの事が大好きだったのねぇ」


 まるでどっかの誰かさん達みたいね、と聖女はもう一度アレクを見て鼻で笑った。


 ──だから何でそこで俺を見るんだよ! てか今鼻で笑ってたし!


 しかし、これこそ聖女の挑発だ。ここで挑発に乗ろうものなら、彼女の思う壺である。再度、ぐっと怒りを堪えた。


「一年に一度だけ……」


 有翼ゆうよくの少女は小さくそう呟いて、聖女が持つ植物を悲しそうに見つめていた。

 彼女は過去に想い人義兄との死別を経験している。アレクを通じて再会してはいるものの、元が同じ魂であるだけで、思想信念や顔立ち、体つき等は全て異なる別人だ。

 七夕の逸話を聞いて、義兄との別れを思い出したのかもしれない。


「そんで? そのタナバタってのと、そのよくわからない植物がどう関係してくるんだ?」


 恋人がこれ以上暗い事を考えないように、アレクは無理矢理話題を戻した。

 七夕という逸話についてはわかったが、その行事とラトレイアの持っている植物についての関連性は全く見えてこない。


「そう! その一年に一度だけ二人が会える七夕っていうのが、王歴で言うと今日に当たるのよ」


 ラトレイアが言うには、七夕とはその七夕の日──即ち今日──の夜に短冊に願いを書いて、笹竹という植物に短冊を飾り付ける行事なのだという。短冊とは薄い木の皮を細長く切ったもので、これもその東の国の文化なのだそうだ。


「で、その手に持ってる植物が笹竹ってやつなのか?」

「ううん、これは笹竹じゃないわ。笹竹はルンベルクには生えてない植物だから、それとよく似た植物のセフリジーを代用しているのよ。まあ、私も実物の笹竹を見た事がないから、これが似てるのかどうかもわからないんだけどね」


 ラトレイアはそう言って肩を竦めた。

 彼女もアレク同様にルンベルク王国の住人で、その東の国とやらに渡航歴があるわけではない。無論、実際の七夕を見たわけではないのだ。

 七夕を知った経緯について訊いてみると、彼女が孤児院で暮らしていた頃に旅人が訪れ、その旅人から七夕という行事を伝え聞いたのが事の始まりだそうだ。この話を聞いた孤児院の管理者・ナディアは、七夕を孤児院の行事に取り入れ、年に一度願い事や目標を書く日にした。以降、毎年孤児院でだけこの七夕が行われているだという。

 セフリジーが笹竹の代用になるというのも、その旅人に言われただけなのである。


「それで、ちょっとそれを思い出したから、皆でやってみたらどうかなって。面白そうじゃない?」


 短冊も作ってきたわ、と薄く切った木の皮を四枚差し出した。木の皮の上部に小さく穴が空いており、そこに細い紐を通してある。これをセフリジーの枝にくくりつけるようだ。


「なるほどな。それは確かに面白そうだ」


 こうした願い事を意識的に書き出して祈る文化は、ルンベルク王国にはない。

 ルンベルク王国では──というより国教のテルヌーラ女神教の教えでは──願い事は心の中で秘め、女神テルヌーラの教えを唱えていれば言わずとも叶えてくれるとされている。書き出して祈るものではないのだ。

 そもそも、一神教のテルヌーラ女神教からすれば、オリヒメを神の娘とするのは異端と捉えられ兼ねない。教会との関係上まずいのではないかと思ったが、ラトレイア曰く、そのあたりは上手く誤魔化しながら孤児院内で行事化しているそうだ。

 この行事の本旨は信仰ではない。自らの望みを具体的に意識する事で、その目標の為に成長を促す為のものと孤児院では位置づけているのだろう。シスター・ナディアや聖女ラトレイアは、敬虔なテルヌーラ女神教信者だからこそ、祈るだけでは願いが叶わない事を知っているのかもしれない。


「じゃあ、早速書いちゃいましょう。ティリスは何か願い事ある?」


 羽根ペンをティリスに渡して、ラトレイアが訊いた。


「わ、私ですか? えっと……アレク様の願い事が叶う事、でしょうか」

「それは俺の願い事であってお前の願い事にはならないだろうが」


 ティリスらしいと言えばティリスらしい願い事に、アレクは呆れて溜め息を吐く。


「そうね。アレクの願い事はアレクが書くから、あなたはあなただけの願い事を書けばいいのよ」

「私だけの願い事……」


 そう呟くと、ティリスは恥ずかしそうにちらりとアレクを見て、少し頬を赤く染めた。

 それで何かを察したらしい聖女はにんまりと笑うと、セフリジーをテーブルに置いてアレクへと視線を移す。


「そういえば、ララちゃんって今どこにいるの?」

「ワグナードさんのところ。確か一緒に狩りに行くって朝に言ってたから、そろそろ帰ってくる頃合いじゃないかな」

「じゃあ、私が呼んでくるわね。その間にティリスは願い事を考えておいて。ついでにヒコボシもね」

「誰がヒコボシだ!」

 

 遂にアレクが怒ると、ラトレイアはぴゅうっと走って逃げて行った。盗賊にも劣らぬ逃げ脚の速さである。

 さすがに遊んでばかりの男と比べられるのはアレクとしても心外だった。しかし、実際にティリスに頼らざるを得ない事が多い彼としては、手痛い皮肉なのである。ラトレイアはラトレイアでそれが解った上で皮肉を言っているのだから、始末が悪い。彼女の性格の悪さは相変わらずだった。


「……アレク様はヒコボシなんですか?」


 ティリスが途端に不安そうな顔で訊いてくる。少し泣きそうだ。


「それだと、私が一年に一回しかアレク様に会えなくなってしまいます……そんなの嫌です」

「あのな、それはお前が一途でオリヒメみたいだからって、ラトレイアが冗談で言ってるだけだから。気にしなくていい」


 そう説明すると、「それなら良かったです」と少女は顔を綻ばせた。

 だが、その笑顔はすぐに消えて、短冊を見つめては再び黙り込む。彼女の持つ羽ペンが動く気配はなかった。


「どうした?」

「少しだけ……一年に一回だけ会えるのと、何十年もの間、会えるかどうかわからないまま彷徨い続けるのと、どっちがいいのかを考えてしまいました」

「ティリス……」


 案の定、彼女は先程の七夕の逸話から義兄との別れを連想してしまった様だ。

 アレクは小さく息を吐くと、そっとティリスの肩を抱いて自らの方へと引き寄せた。


「すみません、別に義兄あにとアレク様を比べているわけではなくて。少し、感慨深くなってしまっただけですから」

「ああ、知ってる。ちゃんとわかってるから。それに、この前『信じる』って約束したしな」


 笑い掛けてそう言ってやると、ティリスは柔らかい笑みを浮かべて、アレクの肩に頭を乗せた。

 義兄と再会したい、会いたい等と今の彼女は考えていないだろう。ただ、一年に一度でも確実に会えるのなら良いではないか、というオリヒメへのやっかみがどこかにあるのだ。

 彼女は何十年もの間、再会できるかどうかもわからず逃亡生活を続けてきた。その日々は、一年に一度でも確実に会えるオリヒメとヒコボシを羨ましく感じる程、孤独で過酷な日々だったのである。


「願い事、だけどさ。多分俺のとお前の、同じだと思うから……同じ短冊に書こうか」


 少女の手から羽ペンを取り、アレクは自らの願い事を短冊に書いて、最後に名前を書き付ける。

 短冊に書かれた文字を見るや否や、ティリスは大きく目を見開いて、じわりと紫紺の瞳を潤ませた。


「この願い事でよかったら、俺の横に名前書いて」

「……はい」


 銀髪の少女は涙を堪えながら笑みを浮かべると、恋人の名の横に自らの名を記すのだった──。



(【七夕SS】短冊に願いを込めて 了)

 ──────────

【あとがき】


 あとがき……の前に、少し補足させて下さい。

 ターポートの村というのは、6章で出てくるシールとヘレンの村です。わざわざ名前を付けたという事は、ここが特別な場所になるという事。これについては7章以降ないし5巻を楽しみにお待ちください。

 また、後半部のアレクの言葉「『信じる』と約束した」については書籍版4巻を参照ください。4巻の後半で出てきます。

 https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/16816452221324222202


 それはさて置き、九条初の試みとなる『異世界ファンタジー×七夕』。七章から三人称に変えるという事もあって、今回はSSも三人称で書きました。

 その世界観にない文化や行事を作中に取り入れるのめちゃくちゃ難しかった!笑 可能な限り自然な感じにはなるよう工夫はしましたが、頭使いましたねー。転スラ日記みたいに何も考えずに日本文化取り入れまくれば良かったのですけど、そこにも真剣に向き合うのが九条だろって事で頑張りました。

 竹とか絶対にルンベルク王国にないよね、とか、織姫って神様の娘さんだし一神教との兼ね合いどうするよ、とか、こんな行事に羊皮紙なんて使ってらんないよな、とか……肝心な内容よりもそこらへんの帳尻合わせに頭使いました。笑

 あとは、もともと七夕の物語自体がファンタジーなわけですが、ファンタジーの中に実在するファンタジーの逸話を放り込むと、『あれ、織姫よりもティリスの方が過酷だった可能性もあるんじゃない?』と別の見方もできて面白かったですね。


 こんな感じで今回はめちゃくちゃ頑張ってSS書いたので、書籍まだ買ってない人は是非買って読んで! 面白いので!


https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054893746321


 宜しくお願い致します!

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