演説

 俺達は4人同時に孤児院の正面から出て行った。

 俺とティリスの顔を知っている者はここバンケットでは多く、数か月ぶりに俺達を見て──しかも問題の孤児院から俺達が出てきた事もあって──集団はざわつき始めた。そして、俺達の後ろに、更に問題となっている聖女・ラトレイアの姿を見て、集まっていた町人はどよめく。


「おい、あれって鬼族オーガから町を救ってくれたアレク様じゃないか?」

「その後ろにいるのはラトレイア? どうして勇者パーティーを離脱して教会を破門になった女がアレク様と一緒にいるんだ?」


 ざわつきどよめき、隣の者とこそこそと話し合う声が広がっていた。事態が飲み込めず、混乱しているのだろう。

 俺はそんな連中に向けて、声を張り上げた。


「俺の名はアレク。ほんの数か月前、バンケットを鬼族オーガの進軍から救った事は覚えている人も多いと思う」


 町人達は、隣と顔を見合わせてから、戸惑いながらもそれぞれ頷いてみせる。


「この町まで名前が届いているかはわからないが、俺達はあれから〝夜明けの使者オルトロス〟として活動している。何の見返りもなく人助けをしている、お人好しの集団だ」


夜明けの使者オルトロス〟の名を聞いて、更に町人達はざわつきを見せた。どうやら〝夜明けの使者オルトロス〟の名前はバンケットの町まで広がってくれているようで、安心した。

 よく考えれば、一番最初に〝夜明けの使者オルトロス〟を名乗った村はバンケットから近い村だ。ここに名前が通っていてもおかしくはない。


「お前達はルンベルク王国第一王子・マルス=ノアイユの本性を知らないと思うが、ラトレイアはマルス王子から耐え難い苦痛を与えられていた。それに耐え切れなくなって、パーティーを抜けたんだ」


 俺の言葉で、再び町人達に動揺が見えた。

 これでは俺が反逆罪として咎められそうだなと思ったが、嘘は言っていない。一瞬ざわついたが、俺は声を張り上げて続けた。


「そうしてパーティーから離脱したラトレイアを咎めるべく、勇者マルスは王国の権威を使って教会に対して圧力を掛けた。教会とて、面子もあるのだろう。実際に勇者の元から逃げ出したラトレイアに対してお咎めなしとまでは行かなかったんだ。ラトレイアの〝聖女〟剥奪、そして破門はそれゆえの措置だと俺は考えている」


 テルヌーア女神教は国教だ。国教から破門されるというのは、かなり重い罰と言える。敬虔な信者がもし破門を言い渡されたら、自決を選んでしまう可能性すらある。それほどまでに、教会が採った措置は大きかった。面子を守る為というより、教会にとってもラトレイアの離脱は面汚しに等しかったのだろう。


「だが、彼女ほど優秀な〝回復師ヒーラー〟などいるはずもない。ラトレイアは勇者一行から離脱はしたが、その後〝夜明けの使者オルトロス〟に入って、今は俺達の仲間として活動している。この一か月、彼女はノイハイムで数多の病人や怪我人を救った。つい先日、俺も大怪我を負って死にかけたが、ラトレイアに命を救われたばかりだ。聖女の地位を無くしたからと言って、ラトレイア自身が何か変わったわけではない」


 その言葉で、再び町人達はざわつきを見せた。ラトレイアも俺の言葉に驚いているようで、目を見開いて俺の名を呟いていた。


「聞け、バンケットの民よ! お前達の知る〝聖女〟ラトレイアは、意味もなく責務を放り投げるような女だったか? これまで彼女に救われた者もこの中にはいるのではないか? バンケットの宝と自慢していたのではないか? それに対して……今のお前達のこの行いは、一体何の冗談だ!」


 俺がそう声高に叫ぶと、これまでとは打って変わって、あたりが静まり返った。


「確かに、ラトレイアが教会の面子を潰したのは間違いない。だが、この孤児院にそれは関係あるか? ここにいるシスターや子供達にその責任があるか?」


 周囲を見回して、ひとりひとりと目を合わせる。俺と目が合うや否や、皆視線を空に泳がせていた。


「ないだろう! 貴様らがやっている事は、ただ力なき弱者に石を投げつけ、悦に浸っているだけだ。小鬼ゴブリン以下の所業と言えるだろう。人族としての恥を知るがいい!」


 誰も何も言い返してこなかった。ただ、気まずそうに周囲と目を合わせたり、下を向いているだけだ。

 一体いつから俺はこんな聖人君主のような言葉を投げかける存在になったのだろう、と疑問には思う。だが、俺は自分の言った事は何一つとして間違っていないと思っている。それに──


「それに、俺達〝夜明けの使者オルトロス〟は、弱き者の味方……今、この場での弱き者はどう見ても孤児院であり、そして俺達の仲間でもあるラトレイアだ。この場合、俺達がどちらに付くのかなど明白」


 もう一度全体を見渡して声を張り上げ、続けた。


「いいか、バンケットの民よ! 俺達は確かにお人好しで、見返りもなく人助けをしている。だが、もし俺の仲間を罵るならば、話は別だ。ラトレイアを罵り、その家族にゴミを投げつけるのであれば、この〝夜明けの使者オルトロス〟を敵に回すと思え! 俺達が鬼族オーガ軍を殲滅させバンケットを救った事を忘れたとは言わせない。鬼族オーガ軍を屠った業火が貴様らに降り注ぐ事になるだろう!」


 ティリスがまるでタイミングを見計らったかのように、魔力を解き放って突風を起こし、<火球ファイヤーボール>を空へと放った。

 ティリスの<火球ファイヤーボール>を見て、町民達は唖然と空を見上げていた。あんなものを町に放たれては、一瞬でバンケットが灰になると理解したのだろう。

 ちらりとティリスを横目で見ると、彼女もこちらを見て、口角をほんの少しだけ上げた。思わず笑みが漏れる。全く、本当に大した女だ。見事に俺のやって欲しかった事を読み取ってくれる。


「これでもまだラトレイアを魔女と罵り、孤児院を攻撃すると言うのであれば、今ここで名乗り出よ! 俺達〝夜明けの使者オルトロス〟が相手をしてやろう!」


 誰も何も言わなかった。

 ただ、プラカードを下ろし、一人、また一人と気まずそうにその場を離れていった。最初の数人が離脱してからは、人がいなくなるまでそうは時間はかからなかった。

 全ての人がいなくなってから振り返ると……嗚咽を堪えて涙しているラトレイアがいた。彼女が泣いていた事は、演説をしている最中から気付いていた。


「アレク、あなた……バカよ」


 ラトレイアは泣きながら、呆れたような笑みを浮かべた。


「山賊にも負けるくらい弱っちいくせに……この前も死にかけてたくせに。こんなの、まるであなたが勇者みたいじゃない……! 何なのよ、もうっ……!」


 うう、と呻いてラトレイアは両手で顔を覆った。その際にふらついたので、咄嗟にララが支えてやっている。ララも「さっすがはアレクだぜ」と嬉しそうにしていた。


「だから言ったじゃないですか、ラトレイア」


 ティリスが優しい笑みを浮かべて、聖女に言った。


「アレク様なら、何とかしてくれるって」


 ラトレイアは涙を拭いてから笑みを浮かべて、「そうね」と頷いた。俺とティリス、そしてララもまた笑みを浮かべ合い、頷き返す。

 何だか……俺達の関係も不思議だな、と思った。ほんの数か月前まで、俺達は全員バラバラで、俺とラトレイアに至っては犬猿の仲だった。でも、今はこうして大切な仲間として迎え入れていて、俺は彼女がバカにされた事で心から腹立たしく思うまでになっていた。

 だが、これこそが……俺の求めていたパーティーだ。救い、救われ、支え合う。誰かに嫌な事を押し付けるのではなく、自分が出来る事で仲間を救い合う。

 俺は確かに弱いけれど、口先なら得意だ。この役目はこの中では俺にしかできなかったし、俺を瀕死の重傷から救うのはラトレイアにしかできなかった。そして、ティリスやララがいないと、実際に脅威からは身を守れない。

 こうして持ちつ持たれつの関係であれば、何だって出来る。それが、きっと〝夜明けの使者オルトロス〟なのだろう。

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