孤児院にて

「ラトレイア!? あなた、どうして!?」


 裏口から孤児院にこっそりと入った俺達を見つけて、孤児院の管理者・ナディアは驚きの声を上げた。

 孤児院の中では、部屋の隅っこで子供達が怯えて身を寄せ合っていて、ナディアがそんな彼らを抱きかかえていた。社会の中でも、最も弱い者達がそこにはいた。


「ナディアお姉様……皆、私のせいで、本当にごめ──」

「ああっ、ラトレイア! 良かった!」


 ナディアがラトレイアの言葉を遮って、彼女を抱き締めた。


「こんな時に戻ってきて……! もし、町の人達に見つかったらどうするのですか!」


 シスター・ナディアは涙を流しながら、ラトレイアを叱った。

 それに伴い、孤児院の子供達も「ラトレイアお姉ちゃん」と泣きながら集まってきている。


「皆……本当に、ごめんなさい!」


 ラトレイアも涙を堪え切れなくなって、泣き崩れた。そして、皆して身を寄せ合ってわんわんと泣き始める。

 彼らはラトレイアの所為でこんな目に遭っているというのに、誰も彼女を怨んでなどいなかった。彼女の御蔭でここが運営できていたというのもあるだろうが、きっと……ラトレイアに何らかの理由がある事を解っているのだろう。彼女が理由もなく教会や勇者を裏切る者ではないと解っているのだ。

 そこには確かな信用と愛があって、見ている俺達ですら、胸が痛くなった。ティリスとララも、その光景を見て少し瞳を潤ませていた。


「外みたいな連中がいる一方で、こういう一面も、人族にはあるんだよ」


 俺はティリスとララに向けて、そう言ってやった。

 きっとこういう多様性は魔族や鬼族にはない。人族はそれぞれが弱いからこそこうして集まり、身を寄せ合い、助け合う。俺が守りたいと思う所以だった。

 ティリスとララは微笑んで、俺に頷き返すのだった。


◇◇◇


 外では罵詈雑言が飛び交う中、落ち着きを取り戻したラトレイアによって、事情の説明が行われた。

 内容的に子供達には聞かせられるものではないので、子供達は奥の遊具室でララとティリスが遊んでやっている。万が一暴徒と化した連中が襲ってきても、彼女達がいれば子供達も安全だろう。

 俺はナディアに二度目の自己紹介を済ませると、通された客間を見回した。この客間もまた懐かしい。俺とティリスはここで交わり、そしてラトレイアは<淫魔の呪い>を掛けられた。彼女もちょうど同じ事を想い出したのだろう。怖い顔をしながら、おもいっきり足を踏んづけられた。ナディアは俺が足を踏まれて悶絶している様を不思議そうに眺めていたが、特に触れてはこなかった。

 ラトレイアはそれから、これまで勇者パーティーで起こった事と、離脱した理由を話した。シスター・ナディアは、ラトレイアの話をただ聞いていた。そして、話を聞き終えた彼女は、もう一度ラトレイアをただ抱き締めるのだった。


「ごめんなさいね……あなたには、辛い事ばかりさせてしまって」


 ナディアは自らの不甲斐なさを謝罪した。

 ラトレイアがここを発ったのも、聖女となったのも、そして勇者パーティーに属したのも、全ては孤児院の運営の為だった。親代わりだったナディアにとっては、自らの所為でラトレイアを苦しめていた事を悔いているのだろう。


「皆をこんな風な目に遭わせておいて何だけど……私、後悔はしてないのよ」


 ラトレイアは涙するナディアにそう言った。


「今は新しい仲間もいるし……楽しいのよ。それに、本当にしたかった人助けもできてる。だから──」


 ラトレイアがそう話し出した時だった。

 ガシャン、と遊具室の窓ガラスが割れる音がした。話を中断させて慌てて俺達も遊具室に向かうと、そこには瓶がなげこまれていた。外の連中が投げ込んだのだろう。

 怯える子供達を見て、怒りが沸々と湧き上がってきた。

 こんな、シスターと小さな子供しかいないような──しかも孤児院という最も弱い立場にいる──施設を攻撃して、鬱憤を晴らそうとしている連中の、その気概の小ささ。もはや人ではなく小鬼ゴブリンなのではないかと疑ってしまう程、卑しい。

 咄嗟にティリスが窓ガラスから子供達をかばったのだろう。子供達を抱きかかえている。彼女が<支配領域インペリウム>を用いたのか、ガラス片が不自然に散っていた。ただ、その御蔭で怪我をした子供もいなさそうで、とりあえずほっと息を吐いた。

 ナディアがティリスに礼を言い、子供達を他の部屋に誘導している。


「なあ……アレク。ここまでされて我慢しなきゃいけないもんなのか、人族ってのは」


 ララが不機嫌さを隠さずに、小声で語り掛けてきた。ティリスも同意見なのだろう。意見はしないものの、じっと俺の方を見て訴えかけている。

 彼女達が苛立つのも尤もだった。子供達の怯える姿、そしてティリスが<支配領域インペリウム>で咄嗟に守らなければ怪我をしていたであろう事を鑑みると、怒って当然だ。俺も、もう黙ってはいられなかった。


「ティリス、ララ、ラトレイア。ちょっと俺と一緒に来てくれないか?」


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