不安
「ティリス、こんなとこで寝てたら風邪引くぞ。魔族が風邪引くのか知らないけど」
ティリスの肩を揺さぶってやると、彼女は「ん……」と小さく声を上げて目をこすり……ハッとして起き上がった。
「え、あ……ッ!」
「おはよう、ティリス。ずっと見ててくれたんだってな。ありがとう」
彼女に力強く握られた手を持ち上げてみせて、微笑みかけてやると、ティリスはじわりと瞳に涙を浮かべて肩を震わせた。ああ、やっぱり泣いてしまうんだなぁ、こいつは。
「俺の方は大丈夫だからさ。大方の事はラトレイアから聞いたし。それよりも──」
「アレク様!」
俺の言葉を遮って、ティリスが飛びかかるようにして抱き着いてきた。堪え切れなかったのだろう。彼女は俺の胸の中でまたわんわん泣き始めた。
「ティリス、落ち着けって。もう大丈夫だから」
「落ち着いてられません! 私が、私がしっかりしていなかったせいでアレク様に大怪我をさせてしまってッ」
「いや、でもあれは俺が勝手にやっただけだから」
「でもッ、私がもっとしっかりしていれば……!」
彼女の体をゆっくりと離すと、予想通り涙でぐしゃぐしゃになっているティリスの顔があった。
何だか、夢の中でも彼女は泣いていたと思うけれど……きっと、昔から泣き虫だったのだろう。彼女の両肩を撫でて、優しく宥めてやる。
「もういいから。それに、お前が助けてくれたのは変わらないだろ? 実際お前が応急処置してくれてたから助かったって、さっきラトレイアが言ってたよ」
「アレク様ぁ……ッ」
それでようやく落ち着いたかと思えば、また瞳から涙を溢れさせている。そんな彼女を優しく抱き寄せて、よしよしと頭を撫でてやった。
こうしていると、いつかの義兄のように、俺は彼女を安心させてやれているのだろうかと気になってしまう。そしてそれと同時に、俺がこうしてティリスを愛しく思う気持ちは、その義兄の気持ちなのだろうか。それとも、俺自身の気持ちなのだろうか。一瞬そんな事を想ってしまって、一気に不安になってくる。
今の俺からティリスを取ったら、何が残るのだろうか? ララやラトレイアも大切な仲間だけれど、それは全てティリスがいたからであって……元の俺は、彼女がいないと何もできなかった。
彼女なくして今の自分は有り得ないと思う程愛しく思っているのに、この感情すら誰かのものを引き継いだだけだとしたら……俺の気持ちとは、いや、俺とは一体何なのだろうか。
そんな不安が現れたのか、ティリスの肩をいつもより強くぎゅっと抱き締めた。
(今こうして泣いてくれているティリスも、俺の向こう側に義兄を見ているのかな……)
そう思うと、どうしようもなく孤独になって、怖くなった。本当は俺を見てくれている人なんて、いないのではないか。
そんな不安を押し殺すかのように、彼女の頬を手で包んでこちらを見させて、じっとその紫紺の瞳を見つめる。
その大きな瞳には俺が映っていて、きっと彼女にも俺の顔が見えているはずだ。今、お前が見ているのは俺だから──そう瞳に語り掛ける。
「なあ、ティリス」
「……はい」
「俺の事、好きか?」
「……? はい、もちろんです。私はアレク様が大好きで……この世の何よりも大切です」
わざわざ言葉にしてもらわないと不安になってしまうあたり、俺の情緒も相当らしい。
そんな自分の情けなさや不安を隠すように、そのまま彼女の唇に自らのそれを重ねた。一瞬ティリスは驚いていたが、すぐに首に腕を回して、キスに応えてくれる。もちろん、涙を流しながら。そうしてキスをしながらも、その涙は本当に俺の為に流してくれているのだろうか、と考えてしまう。
俺も、こいつの義兄のように強ければ良いのに。どうしようもない自分の弱さだけが浮き彫りになって、そんな自分が情けなくなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。