人は自分が信じたいものだけを信じる生き物

 上位魔神ティリスはその後、難なくオーガ・キングことベルスーズを討ち取った。正確に言うと、ベルスーズだけでなく戦場にいたオーガ、人族全てを屠った。

 崖の上から戦いを見守っていたが、この時のティリスはいつにも増して強かった。いや、本来の上位魔神グレーターデーモンらしかった、と言えば良いのだろうか。ララと戦っていた時でさえ手を抜いていたのではないかと思うくらい、ただただ一方的に両軍を屠り続けた。

 ティリスが強いのはわかっていた事だが、この時の彼女はいつもと違っていた。どこか感情的な戦い方だったのだ。いつもティリスは、戦う時でも淡々としている。それはレスラント兵や傭兵、賊との戦いでも違わなかった。

 しかし、ベルスーズと対峙したティリスは、何か会話を交わしたかと思うと、そこから一方的にオーガ・キングをなぶり殺しにしたのだ。黒い雷を蜘蛛の巣のように地面に張り巡らせたかと思うと、両の手と肩、脚と順に斬り落とし、そして最後に首を斬った。

 ここから見えた感情は……怒りである。ティリスは、ベルスーズに対して強い怒りを覚えていたのだ。どうして彼女がそこまで怒っていたのか、俺にはわからなかった。ふと横を見ると、ララも兄がそうして無残にも死んでいく様子を、何も言わず、ただじっと見ていただけだった。

 それから、その様子を呆然と見ていたルンベルク王国軍に対して、<火球ファイヤーボール>を放った。何発も何発も、容赦などまるでなかった。

 さすがにやり過ぎだとも思えたが、おそらくこれは彼女自身の目撃情報を魔王軍に与えさせない為だ。人族に関してもおそらく同じだろう。〝ネームド・サーヴァント〟になった事で魔王軍に居場所を探知される事はなくなったが、魔神が魔王と人族の戦いに参戦した等という情報が洩れれば、おそらくティリスが生きている事まで察知される。彼女はそれを避けたかったのだ。

 その徹底した様子を見ていたララが、「あ、もしかして……」と呟いた。


「どうした?」

「いや……あんた、ティリスの過去についてはどれくらい知ってるんだ?」

「あんまり、かな。話したくないのに話させるのも嫌だし。本人が言っていた事しか知らないよ」

「そっか……あんた、やっぱ良い奴だな」


 ララはそう言って、もう一度戦場に視線を戻した。それ以上の事を彼女は何も言わなかった。


「にしても、あの兄貴が瞬殺かよ。やっぱあの女、容赦ねえなぁ」


 こうは言っているものの、ララはどこか穏やかな笑みを浮かべていた。

 それから暫くティリスの攻撃が続き、平原が荒野に変わろうかという頃……もう生き残りはいないと判断したのか、ティリスは首桶と共に戻ってきた。

 兄の死を改めて確認すると、ララは嘆息して苦笑を浮かべ、ティリスに向けて、


「ありがとな」


 と一言だけ言った。それに対して、ティリスはただ困ったような笑みを浮かべて、首を横に振っただけだった。

 どうして彼女が兄を殺され礼を言ったのか、俺にはわからなかった。ただ、この2人は何かで通じ合い、そして、ティリスがあそこまでベルスーズをいたぶったのは、ララの為を想っての事だったのだろう。

 俺にはわからないところで、この2人は理解し合っているのかもしれない。


 ◇◇◇


 バンケットに戻ると、町外れの宿屋を貸切ってララを待機させ、その足で俺とティリスは領主館に行った。ベルスーズの首を差し出す為だ。

 首桶に入れられたオーガ・キングを見た時は領主諸共騎士団長までも腰を抜かしていたが、それによって俺達の功績はものの見事に信じられた。

 ルンベルク王国軍騎士団も全滅している事については、魔王軍の中にはオーガだけでなく強力な魔術師もいて……という事にしてある。実際にはオーガしかいなかったのだが、ブリオーナ平原をブリオーナ荒野に変えてしまうほどの魔法跡が残っているのでは(ティリスが火球ファイヤーボールを撃ちまくったせいである)、そう言わざるを得ない。ただ、全ての死体を焼き払ってくれた御蔭で、死体が生きた屍リビングデッドとなって町を襲う事もない。

 全く以て苦しい言い訳だったが、ベルスーズの首がある事には違いない。論より証拠とはよく言ったもので、領主からの信用は無事得られた。それだけでなく、暫く暮らす分には問題ないほどの褒美ももらえたので、申し分ない。

 領主からは勇者として称え、バンケットの民に紹介したいと言われたが、丁重にお断りした。俺達はあくまでも通りすがりの冒険者で、聖女ラトレイアへの恩義の為にやっただけ、というスタンスを貫いたのだ。

 というより……俺に勇者と名乗る資格など、あるはずがないのだ。俺はただの利己的な弱者。オーガ・キングを倒した事にしても、謂わば必要な過程であったからに過ぎない。

 勇者とは、もっと人の為を想い、人の為に戦える奴にこそ与えられるべき称号だ。勇者への復讐の為に行動している俺が名乗るには、あまりにも烏滸がましい。

 ただ、この持論で言うと、マルスも勇者とは認めがたい。彼も自分や国の威信、自身が王位を継承した時の求心力・影響力、そして承認欲求の為に戦っているのだから。それは、彼の一連の行動を見ていればよくわかる。

 しかし、一般大衆にとって、そんな真実はどうでもいいのだ。マルスが人の女を奪う事に快楽を見出す事や、ただ顔の良い女と情事を重ねたいだけ、といった真実など、彼らにとってはどうでもいい。彼らはマルス王子が勇者で、魔王軍を倒してくれる存在だと信じる事の方が大切なのだ。

 逆に、善人や被害者でも悪者だと信じたければ、悪者だと信じる。そう信じた方が、自分にとって何かしら利益がある場合、人は知らずしてそちらを選ぶ。

 そう、人は自分が信じたいモノしか信じないのだ。真実など彼らにとってはどうでも良く、自分が信じて気持ちの良いものだけを信じる。

 しかし、真実は理解できる者には理解できる。真実を解ってくれる者がいれば僅かでもいれば、悪者に仕立てあげられた者も、少しは救われるのだろうと思うのだ。


ご主人様マスター、どうかしましたか?」


 領主による祝賀会も辞退し、宿屋に戻っている際、ティリスが訊いてきた。


「何が?」

「いえ、何か難しい顔をしていたので、心配になりました」

「難しい顔、してたかな」

「はい、古代神官文字を読み解こうとしているような顔をしていました」

「どんな顔だよ」

「こんな顔です」


 言ってから、ティリスは何だかとっても難しそうな顔をした。それがあまりに普段のティリスの端正な顔とかけ離れていたので、思わず噴き出してしまう。


「アレク様、ひどいです」

「ごめんごめん」


 ぷりぷり怒るティリスに平謝りすると、彼女もくすりと笑った。きっと俺の気持ちを紛らわしてくれようと、冗談を言ってくれたのだ。


「別に、難しい事なんて考えてないよ」

「何を考えてたんですか?」

「……お前が居てくれてよかったって。それだけだよ」


 そう言ってから、ティリスの手を握った。

 彼女は少し驚いた顔をしたものの、「それなら良かったです」と微笑み、その手を握り返してくれた。

 そう。自分を信じてくれる人が一人でもいたなら、人は立ち上がれる。それもまた、強さなのかもしれない。

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