2人目のサーヴァント
ティリスが平常心を装っているのが目に見えていて、そんな彼女を見るのは心苦しく、そして胸が痛んだ。
彼女は儀式の最中、横に座って顔を伏せ、声を殺しながら、ずっと俺の手を握っていた。それはまるで、自分の事も忘れないでと懇願するようで、視界に彼女が入る度に胸が痛んだ。
ララはそんなティリスを申し訳なさそうに見つめつつも、快楽によがり、嬌声を漏らしていた。
彼女もとても魅力的だった。幼い顔つきと体つき、そしてそれに不似合いな豊満な双丘……そのアンバランスさが、劣情を刺激した。
そして俺は、2人それぞれに対して申し訳なさを感じつつ……それとは裏腹に、ただ快楽を求めてしまっている自分もいて、そんな自分に対してただただ嫌悪感を抱いていた。
どうして俺はこんな事をしているのだろう。
もし、俺がもっと独善的で、自分だけが気持ちいい想いをするだけで満足できる人間ならどれだけ良かったのだろう。
きっと俺の様な立場になれば、喜んで好きなようにどちらも味わえば良いじゃないかと思う男も多いとは思う。実際に俺にはそれが可能だ。
でも、だからと言って、俺は彼女達の心を蔑ろにはできない。魔神であれ、鬼であれ、彼女達は女の子で、ちゃんとした心を持っている。そして、俺に心を開いているからこそ、契約を受け入れてくれている。
そんな彼女達に対して、俺のこれは誠実なのだろうか。こうしなければ契約ができないという、自分の歪過ぎる能力が憎らしくて仕方がなかった。
俺とララはそれぞれティリスに対して申し訳なさを持っているだろうし、ティリスもまた、我慢すべきという思いとそれを許容できない本音の狭間で苦しんでいるのだろう。彼女の手のひらから、そんな苦悩が伝わってくる。
そして俺は、そんなティリスに対して苦しませたくないという想いと同時に、桃色髪の女の子から感じる快楽に身を落としそうになっていて、そしてまた、2人に罪悪感を抱くのだった。
もちろん、ティリスが俺の身の安全を想う気持ちもわかる。そして俺もまた、この憐れな環境にあるララを救ってやりたいと思っているのに──俺達はどうして、こんなにも三者三様で苦しんでいるのだろうか。
正しい選択のはずなのに、正しいと思えない。勇者マルスへの復讐なんて考えず、ただティリスと山奥で静かに暮らすという選択肢を採ってもよかったのではないだろうか。たまに見る悪夢など、我慢していれば、いつか忘れてしまえたのではないだろうか。そんな風に自分の選択を疑問視する時もある。
しかし、もう今更後悔しても遅い。俺達は──この道を行く事を選んでしまったのだから。
快楽に満たされそうになった瞬間──
ティリスは両膝を着いて立ち上がって、俺の顔を両手で包み込んできたかと思うと、唇を重ねてきた。涙を溜めながら口付けてくる彼女を見ると同時に──ララとの契約が成立した。
最低な気分だった。
◇◇◇
「……それでは、ララ。アレク様の警護、宜しくお願いしますね」
俺と
「……殺すのか、兄貴を」
鬼娘がティリスの背中に問いかけた。彼女は立ち止まって、「そうなりますね」と短く答えた。
「そうか……」
ララはティリスの持っていた人族用の衣服に着替えながら(ティリスとの戦いによってボロボロになってしまっていた)、嘆息した。その表情は諦観に満ちている。いくら生殖行為を無理強いされているとは言え、彼女にとっては肉親だ。殺されるとなれば、複雑なものだろう。
「兄貴は単純な戦闘力だけで言うならあたし以上だが、あたしみたいに小回りが利かねえし、頭も使わねえ。多分、あんたの敵じゃないとは思うが……念の為、気をつけてな。接近戦だけは避けろ」
「はい、ありがとうございます」
銀髪の
「それと……悪かったな」
「何がですか?」
「アレクと、その、」
「あなたは……何も悪くありません。あなたも私も、アレク様のサーヴァントなのですから」
私だけで独り占めしていいわけがありません、とティリスは言って背を向け、翼を広げて再びブリオーナ平原へと戻っていった。彼女の背中からは、見るからにしょんぼりとしたオーラが放たれている。
彼女はさっき、どんな気持ちで俺に口付けてきたのだろう……それを思うと、胸が痛くなった。謝るべき事でもないはずなのに、謝りたくて仕方がない。
「……相当臍曲げてんぞ、あれ」
ララが苦い笑みを漏らして言った。
「だな……どうしようか」
「今日の夜、一発ヤってやんなよ。そしたら、多少はあの魔神女も気が済むだろ」
「そうだといいんだけど」
俺も深い溜め息を漏らした。なんだか、どんどん関係性がややこしくなっていっている気がする。
俺とティリスは、お互いが好き合っているだけの単純な関係だった。それがどうしてこうなってしまうんだろうか。俺は、こうなりたくないから嫌だって言ったのに。
「なあ、アレク」
「ん?」
「その……ありがとな」
「え? どうした?」
ララの声は力がなく、柔らかい物言いだった。本当に感謝している、とでも言いたげな声色。
ふと彼女を見ると、ララは照れくさそうに頬を染めて、俺から視線を逸らした。
「兄貴にはあんなに優しくされた事なかったからさ……その、あんなに満たされたのは、初めてだったんだ」
桃色髪の少女は自らの肩を両手で抱き締めて、幸せそうにそう呟いた。
「あんたら2人の邪魔をするつもりはないし、あたしからあんたを求める真似はしない。でも……それだけは伝えたかった」
「ララ……」
俺はその場にいないティリスに申し訳ないと思いつつも、鬼娘を抱き寄せて頭を撫でてやった。
ララの気持ちを想うと、胸が痛くなる。
鬼族の家族愛がどういったものかはわからない。けれど、きっと彼女は家族からもまともに愛されてなくて、ただ強さのみを追い求めてきた人生だったのではないだろうか。
誰かからの庇護や、優しさを求めている自分を偽りながら、これまで生きてきたのだろう。そして、これから彼女は唯一の肉親とも言うべき兄を失う。本来、その優しさを与えて欲しかった人を、永遠に失うのだ。
彼女はその孤独を今、必死に受け入れようとしている。それならば──彼女がそうした孤独感に苛まれないように、俺達がララを満たしてやらねばならない。それをきっと、人族は家族と呼ぶのだろう。
家族の記憶などろくにない俺に、そんな大それた事ができるのかはわからないけれど⋯⋯それでも、ララももう俺達の仲間なのだから。せめて俺達と一緒にいるのが楽しいと思ってもらいたい。
それも俺の役目であり責任だな、と思うのだった。
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