涙目の上位魔神
「それにしても、愚かですね……見ず知らずの者をここまで信じてしまうなんて」
バンケットの酒場で食事を取っていた際に、
ティリスは
彼女が俺のサーヴァントになってからは、こういったまともな食事は初めてだ。今までは
「なに、修道女は人を疑う事を知らないのさ。特に、こんな田舎町では、どいつもこいつも顔見知りだからな。騙す騙されると言った警戒をする必要がないんだ」
ここで育った聖女ラトレイアは、どういうわけだか性格がひん曲がってしまったようだが……ただ、ナディアの話によると、もともとはそうでもなかったのだろうか。もしかすると、聖女という名誉を得て、性格が変わったのかもしれない。
しかし、聖女の性格変化にどんな理由や経緯があろうとも、俺にやった事は変わらない。俺が味わった屈辱も変わらない。罪は罪だ。許してはならない。
「それに、シスター・ナディアからすれば、俺達が魔王軍を退けてくれたらラッキー程度に思っているのだろう。これこそが女神テルヌーラの加護がどうのと言って、勝手に喜んでくれるだろうさ」
「誰かの功績を自分の功績にしてしまうなんて、女神テルヌーラの方が魔神よりもよっぽど極悪人ですね」
ティリスの皮肉に、全くだ、と俺は鼻で笑った。
ただ、宗教というものはそんなものだろうと思う。幸運があれば神様の恩恵、不幸があれば自分や不運の所為。神の所為にはならない。
「それに、仮に失敗して死んだとしても、彼女からすれば、俺達は初対面。多少は心が痛むかもしれないが、その程度さ」
「そういう汚い考え方、魔族みたいで嫌いじゃないです」
「心の汚さは、魔族も人族も変わらないさ」
むしろ……人は魔族よりも弱い。弱いからこそ、もっと汚いのではないのかな、とすら考えてしまうのだった。
そろそろ食べ終わろうかという時である。不意に、ティリスがそわそわし始めた。
「あの、アレク様……」
迷いながら、躊躇するように切り出してきた。
そして、何故だか凄く申し訳なさそうにこちらを見ている。
「なんだ?」
「いえ、やっぱりいいです……」
なんだろうか。彼女がこういう反応をするのは珍しい。
何か言いたい事でもあるのかな。
「言ってくれ」
「いえ、何でもないので……大した事でもありませんし」
珍しく動揺しいている。顔は赤いし、いつもより落ち着きがない。こんなティリスを見た事がないので、新鮮だった。
もしかして具合でも悪いのか?
「大した事じゃなくてもいいから」
「それは、その……でも、ほんとに大した事じゃないので」
まだ口を割らないらしい。
「<
<
だからこそ、<ネーミング>を受け入れる魔物はほとんどいないのだ。最悪、自害しろと<
「そ、それはずるいですよ……ッ」
「じゃあ言ってみろ」
「うう……」
彼女は散々っぱら迷った挙句……テーブルにあるメニューを指差した。
「その……この〝カニの甲羅焼き〟というのも食べてみたいな、と思っただけです……」
彼女の皿を見ると、仔羊のテリーヌは綺麗に食べ終えられていた。
ああ、なんだ。もっと食べたかっただけか。
「お腹空いてたのか?」
「そ、そういうわけではなくてッ。その、どういう味か知りたかっただけで……」
「っていうのもあるけど、ほんとはもっと食べたかったんだろ?」
顔を覗き込んで訊くと……口をぱくぱくさせて何かを言おうとするも、黙り込み、こくり、と恥ずかしそうに頷いた。なんだ、この可愛い生き物は。
「いや、別に食べたかったら食べたいって言えばいいじゃないか」
「そ、そんな事言われてましても! その、人族の男性はあまり食べ過ぎる女性は好きではないと聞いたので……」
なんだ、もしかして俺に気を遣ってたのか。
そんな事気にしないのに。
「あのな、ティリス」
「はい……」
ちらちらと俺を見つつも、顔を伏せている。
なんだか子供を叱っているみたいだ。俺よりも何年、もしかしたら何十年と長く生きているはずのティリスだが、案外子供っぽいところもあるものだ。
「食べたいものとか欲しいものがある時は、ちゃんと言え。そんなので嫌いになったりしないし、むしろティリスがどんなものが好きなのか知れて嬉しいからさ」
「本当ですか……?」
「本当。だから、約束な?」
「……わかりました。頑張ります」
何を頑張らなきゃいけないんだか、と思わず苦笑いをしてしまった。
それが可愛かったので、俺は頭をぽんぽんと撫でてやってから、カニの甲羅焼きを注文してやった。
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