第26話 前夜祭と後夜祭の実現に向けて⑤

 二軒目は先ほどの津曲食品から程近く、県道沿いに位置していた。

 富満洋菓子店。店名でもわかる通り、洋菓子を取り扱っている店だ。

 洋菓子と言っても主にケーキの方で豊富な種類がある中、特に絶品と町内で称されているのが特製モンブラン。地元農家で仕入れた栗を生地、クリームとふんだんに使った逸品は地域ローカル番組のみならず、ラジオ、雑誌などの情報メディアで紹介されるほど有名だ。

 そのモンブランは栗の季節でないと販売できないため、今は客数的にはそこまで多くはないが、モンブランが発売される十月、十一月あたりになると、洋菓子店の前には無数の人が開店前から並び、数十分で完売するらしい。値段的にも手のひらサイズで一つ九百円と田舎では決して安くはない、むしろ高いのにそんな感じだからそれほど美味しいということなんだろう。

 ちなみに俺は一度も食べたことはない。……というか、食べたいと思っても金銭面や販売時間的な面で無理ッス。

 そんなことを思いながら、店内へと入る。


「やぁ、よく来てくれたね。息子からは連絡である程度は聞いているよ」


 パティシエ風の衣類に身を包んだ陽気なおじさんがカウンターから出迎えてくれた。

 息子とは文化祭の実行委員を務めている同学年の富満くんのことで、事前に連絡を頼んでいた。

 ある程度というところがどこまでなのかわからないが、実行委員を務めている富満くんの連絡を受けたということはほとんどの内容は聞いているかもしれない。

 けど、万が一を考えて一から簡潔に説明をした方がいいだろう。


「初めまして。俺は実行委員をしています上村歩夢と言います。富満くんとは仲良くさせてもらっていて、よく助けてもらってます」


 本当はほっとんど関わりがないけど……ごまをすっておいた方がいいだろう。

 それを聞いた富満さんはご満悦そうに「そうかそうか!」とうんうん頷いている。


「初めまして。実行委員長をしております上村優樹菜と申します。今日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」


 優樹菜は恭しくお辞儀をした。


「最近の子は礼儀正しくていいなぁ〜。うちんとこの息子はまったくと言っていいほど礼儀を知らないからなぁ〜」

「そうですか? 富満くんは結構真面目な方に見えますよ? 俺が見る限りでは先生方にもちゃんと挨拶してますし」

「そうか? ならいいんだけどねぇ〜……って、そう言えば時間があまりなかったって聞いてたけど?」

「あ、そうなんですよ。なので、ある程度は聞いていらっしゃるということでしたので簡潔に説明しますと、この度文化祭の前後で前夜祭と後夜祭をやろうという運になりまして、それで今資金調達をしているところなんです。その資金調達の方法としては、富満さんに文化祭当日ブースを出店していただいて、そこで販売ができるという権利を買っていただくという形で集めているのですが……?」


 俺はたしかめるように富満さんの表情を窺う。


「大体は分かったが、前夜祭と後夜祭は必要なのかね?」

「は、はい。思い出作りとしては非常に必要な行事だと思っています。高校生活三年間というものは思っていた以上にもあっという間で短いものです。その中で在校生がいかにどう楽しく過ごすか、思い出を作るか……意外にもこの機会って少ないんですよ。なので、今回こういった機会を増やそうという思いで企画したのですが……」

「そうだね。上村くんの言う通りかもしれないね。ただ……出店したとして、こちらは何を販売すればいいのだい? 見てもわかると思うが、ケーキの種類が豊富でね。今時の高校生にはどれが人気あるんだか……」


 富満さんは顎に手を添えながら困惑した表情を浮かべていた。

 俺は隣にいる優樹菜に視線を送る。今こそ優樹菜の考えが必要かもしれない。

 優樹菜は俺の視線を受け、こくんと頷いて見せたものの、やはり手足が微かに震えていた。

 しかし、それでもなお優樹菜は少しずつ富満さんに近くと、小さく口を開く。


「こ、これは私自身の好みとかなので参考までに聞いていただきたいのですが……」

「ん?」


 富満さんは優樹菜の方に視線を向ける。


「女子である私からすると、やっぱり一番は季節限定のモンブランかと思います。このモンブランはとても人気があるですから、経費を上積みにして一つ千円から千二百円の間でも売れるかと思います。その次に食べたいのがガトーショコラです。これも比較的に安定した人気もありますから店頭価格のプラス二百円程度であれば大丈夫かと思います。そして、あともう一つはショートケーキです。ケーキの中では一番ノーマルですが、ショートケーキにはハズレというものがありません。みんな好きだと思います。むしろ嫌いな人なんていないんじゃないでしょうか? なのでこれも店頭価格のプラス二百円で販売していただければ売れると思います」


 意見を言い終えると、優樹菜はそそくさと俺の横に戻ってきた。

 少し息が上がっているところが心配ではあるが、それよりも富満さんがぽかーんとした表情になっている。

 数秒後動き出したからひとまず安心はしたが、富満さんはうんうんと頷きながら、腕を組んだ。


「よし! じゃあ、その子が言っていた通りに進めようかなぁ〜」

「本当ですか?!」

「ああ、そもそも息子にも出店することは事前に知らせているからなぁ〜」

「そ、そうだったんですか……」


 なら出向かなくても良かったんじゃないか? と、ふと思ってしまった。

 それからというものの、富満洋菓子店を出た後はすぐに次のところに向かっては説明と参加者を募り、なんとか五つを回りきった頃にはすっかり高く昇っていた太陽も見えなくなり始めていた。

 成果としては大成功だろう。五つ全てから参加希望という答えを得ることができたからな。

 だが、ここで俺はある問題点に気が付く。

 ――十社集めたところでどこにブースを配置するんだ?

 俺たちが通う高校はそう大きくはない。よって、グラウンドの広さも限られている。

 校舎内はお化け屋敷だったり、カフェ、展示などの出し物で使うとして、グラウンドの一部は来校した方の駐車場として使われる。そう考えると、他のクラスのブースもあるから配置する空間が場合によってはないかもしれない。

 夕暮れ時の帰り道。

 明日残りの五社を見つけなければならない上に配置上の問題も考えなくてはならないと思うと……もう逃げ出したいし、辞めたい……。

 そう弱音を吐いてしまうくらいに追い詰められていた。

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