第25話 前夜祭と後夜祭の実現に向けて④

 次の場所に向かう道中、俺は優樹菜の手を握っていた。

 先ほど津曲さんと対談した時に優樹菜は微かではあったが、手や足を震わせていた。

 たぶんあの強面な感じが実父と重なってしまったんだと思う。そこのところは直接本人の口からでないとわからないが、そんな酷なことはできない。

 優樹菜は昔実父から性的な暴力を受けていた。詳しい情報はあまり聞いてないが、母さん曰くセクハラやわいせつな行為程度らしい。程度と言っても本人からすれば、すごく怖かったと思うし、心にも大きなダメージを与えられたと思う。そう考えると、強姦となんら変わりはない。

 今なお精神科に通い、心のケアを続けている優樹菜にはまだ親父以外の大人の男性はキツいかもしれない。


「優樹菜」


 俺は優しく名前を呼ぶ。

 すると、優樹菜はそれまで沈めていた顔を上げ、こちらに向く。

 表情はとても疲れ切っているというか……多少怯えている風にも見える。


「今日はもう帰るか?」


 そう訊くと、優樹菜は無言のまま首を左右に振った。


「でも……キツかったりしないか?」


 俺は言葉を慎重に選びながら優樹菜を気遣う。なるべく過去を思い出させないように。

 だが、優樹菜はそれでもなお首を左右に振る。


「心配してくれてありがとうございます。私の……その、過去のことを気遣ってくれてるんですよね?」

「あ、まぁ、そうだけど……本当に大丈夫なのか?」

「はい、お兄ちゃんがついてますから……」


 優樹菜の微笑みについ見惚れてしまった。

 俺が一緒にいるから頑張れる……そう言われてしまうと、心の奥底がジーンとしてくる。

 これほどまでに慕われ、頼られてしまうと兄、彼氏関係なく冥利に尽きるものがある。


「それに……このままというわけにはいきません。将来のためにも……過去を乗り越えなくては私自身、成長できないと思うんです。いつまでも守ってもらうというわけにはいきませんからね」


 優樹菜は顔を正面に戻す。

 その表情はとても勇ましく見えた。

 世の中嫌なこととかたくさんあって、いいことばかりではないし、時には優樹菜のように心を深く傷つけるようなことがあるかもしれないけど、こういう時こそ前向きに頑張らなくてはならない。そんなことを教わったような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る