第7話 体育祭当日①
約一週間とはいえ、短くて長かった練習を終え、とうとうこの日がやってきた。
朝、朝食をとり終えると、いつもとは違うジャージ姿で優樹菜と共に家を出る。
玄関先から空を見上げると、雲一つない快晴だ。太陽の日光がじりじりと照りつけ、アスファルトの地面がどんどんと熱せられていくのを感じる。
そんな中で相変わらずと言っていいのだろうか、門の前にある道路に人影が写っており、ゆらゆらと揺れていた。
「あゆくん、おはよ!」
門を出たところで影の主であるまーちゃんに挨拶を投げかけられた。
「あ、ああ、おはよう」
俺は少し戸惑いつつも挨拶を返す。
まーちゃんとは別に朝一緒に登校するという約束などは一切していない。
それなのに、まーちゃんは何食わぬ顔で毎朝俺ん家の門の前に来ては待っている。
別にまーちゃんと一緒に登校したくないというわけではないんだが……優樹菜の方が、ね?
俺は優樹菜の方に横目でちらっと視線を送る。
「ぐぬぬぬ……」
すごい悔しそうな顔をしながら歯ぎしりをして、まーちゃんをこれでもかというくらいに睨みつけていた。
あのおっぱい騒動以降、優樹菜はまーちゃんに対する警戒をさらに高めている。
また、あのようなことが起こってしまえば、次こそ取り返しのつかないような……警察沙汰にもなりかねない。
その対策ということもあってか、俺とまーちゃんの間に優樹菜が無理やり割って入る。
「おはようございますっ!」
強い口調で挨拶をかける優樹菜。そんな挨拶をされては、いくらまーちゃんだとしても勘に触るところがあるだろう。
しかし、まーちゃんは違った。
気にした風もなく、優樹菜に向かってにっこりと微笑みかける。
「優樹菜ちゃん、おはよ!」
「え……う、うん」
優樹菜の威勢が波の引き際のように静まり返ってしまった。
まぁこんな穏やかな態度をとられては、優樹菜としてはどう対応すればいいのか困るもんな。
とりあえず、三人揃ったところで俺たちは登校路をいつも通りに歩く。
あのおっぱい騒動以降はまーちゃんも特別何かをしでかすという動きは見せず、普通に会話して学校に行くというのが続いていた。
時折、あの行動はどういう意味だったのだろうかと少し考えてしまうことがある。
単なるイタズラであったとはいえ、普通は男子に胸を触らせるような行為をするだろうか? どう考えてもそれはないだろうし、俺がもし女子だったとしても男子にはそう簡単に触らせてあげないと思う。
そうなると、まーちゃんはなぜだという問題点に再び戻り、これを永遠とループする羽目になってしまうのだが、少し考え方を変えてみよう。
正直、考えたらいけないような気がする。その先に知ってはいけないものがあるような気がして……。
でも、俺としては気になって仕方がない。気になることはとことん追求した方が後々いい方向に繋がることもある。
俺は改めて頭を整理する。
女子が男子に胸を触らせる時……つまり異性を惹きつける時ではないか?
いつ時も女子の胸というものは男子を魅了してきた。
胸の大きさには個人差があり、小さいのもあれば、大きいのもあるが、共通して言えるということは男子にはないあの魅力的な膨らみだ。
どの大きさにも関わらず、柔らかく、弾力とハリがあり、走ったり、ジャンプした際には程よく揺れる。あれはまさに神が授けてくれた宝であり、男の夢でもある。
少し話がズレてしまったが、要するに女子の胸はある意味で武器に近いのかもしれない。
――いや、待てよ?
そう考えると、おかしくないか?
胸が男子を惹きつける武器であるとするならば、まーちゃんがやったことってそういうことになるよな?
あれ?
ちょっと頭がこんがらがってきたぞ?
まーちゃんが俺のこと好き? あのまーちゃんが?
俺はまーちゃんの方に目線を向ける。
すると、視線が合ってしまったもののまーちゃんはにこっと微笑むだけ。
「歩夢くんどうしたんですか?」
優樹菜がすかさず声をかけてきた。
「あ、いや、なんでもないよ」
「そうですか……」
どうやら俺の返答に不満を持ったらしい優樹菜ではあったが、それ以上は何も訊いてはこなかった。
再び考える。
まーちゃんが俺のことを好きなわけがないよな。
いくら幼なじみだからと言って、再会したのはつい最近のことだ。
それまでは俺とまーちゃんは離れてたわけだし、会ったことすらなかった。
まーちゃんは離れ離れになったこの十年間を別の街で過ごしてたし、その街には当然好きな男子がいるだろう。思春期真っ只中で好きな男子ができなかったという方がおかしいし、引っ越してからずっと俺のことを想っていたという方が尚さらだ。
きっと俺の思い過ごしだ。
そうでなければ…………俺が困ってしまう。
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