第34話 花火大会③
花火大会が終わった頃。
俺と優樹菜は河川敷沿いを二人で歩いていた。
時間は午後九時。
そろそろ帰らなくてはいけないが、せっかく二人きりで外出したし、優樹菜も浴衣姿だ。少しくらい遅くなってもいいだろう。
「今日の花火大会はどうだったか?」
俺は何気なく隣を歩いている優樹菜にそう訊ねる。
空を見上げると、先ほどまで無数の花火が上がっていたことが嘘のように静かで星がキラキラと輝いている。
「楽しかったです」
「そっか。なら、よかった」
いつもと変わらない会話がとても心地いい。
改めて優樹菜の方に視線を向ける。
こんな可愛い子が俺の妹で彼女とは……今なお心のどこかで信じきれていない。
「な、なんで私をじろじろと……」
どのくらい見惚れていたかわからない。
が、俺の視線に気がついた優樹菜と一瞬目が合い、優樹菜はすぐに顔を俯かせてしまう。
両手で握られた巾着袋の紐にきゅっと力が入ったのがわかった。
「ご、ごめん……。あまりにも浴衣が似合いすぎててさ……」
街灯の下までたどり着いた。
一瞬ではあったが、街灯の光に照らし出された優樹菜の顔は赤くなっているようにも見えた。
「そ、そんなこと簡単に言わないでください……」
優樹菜の声がだんだんと小さくなり、最後は聞き取れるかどうかのか細いものになっていた。
俺はそんな優樹菜が可愛いなぁと思いつつ、微笑んでいると、いきなり後ろから声をかけられる。
「あれ? もしかして、あゆくん?」
あゆくん? 誰だろうと思いながらも、なんとなくではあったが、顔だけちらっと後ろを振り返る。
すると、見覚えのない同い年くらいの浴衣を着た女子が俺の方を見ていた。
その子と目が合ってしまう。
「やっぱりあゆくんだぁ! 久しぶり!」
そう言って、俺の背中に抱きついて来た。
ふにゃんとした柔らかい二つのものが当たっているが、今は気にしちゃいけない。
俺はバランスを若干崩しそうになりながらもなんとか耐え、その子を振り払う。
「い、いきなりなんなんですか!」
「いきなりって? 昔はこうしてたでしょ?」
「昔?」
どういうことなんだ?
「もしかして覚えてないの? 幼稚園の頃まで隣に住んでいて、ほぼ毎日のように遊んだ幼なじみのこと」
「幼なじみ……?」
俺は記憶を辿っていく。
――幼稚園の頃……。
――隣に住んでいた……。
「あ?!」
どんどんと記憶が蘇っていく。
幼稚園の頃という高校生の俺にしたらはるか昔の記憶が。
この子の名前はたしか……
「やっと思い出してくれたんだね。私は
そう言うと、愛想よく微笑んだ。
そうだ! まーちゃんだ!
昔とは違い、随分と大きくなり、あの頃の面影はほとんどない。
髪はショートボブに顔は幼さが抜け、大人の女性らしく、整っていて思わず目を惹かれてしまう。
身長は優樹菜より少し大きいくらいだろうか? さほど変わらないような気もするが、優樹菜と違うところと言えば、胸が大きい。
例えば、マックのハンバーガーで比較するのであれば、優樹菜がハンバーガーに対し、まーちゃんはビッグマック。それくらいボリュームに差がある。
そんなことを思っていると、隣にいた優樹菜に足を踏んづけられた。
「ッ?!」
かろうじて痛みに耐えることはできたが、優樹菜が履いているのは下駄だ。
下手すれば、足の骨を折ってしまう可能性だってある。あとで家に帰った時注意しとこ。
めぐちゃんの視線が俺の隣へと移る。
「あゆくん。この子は?」
「初めまして。歩夢くんの彼女をさせていただいております上村優樹菜といいます」
優樹菜は軽く頭を下げる。
「上村……って、苗字同じってことはもしかして……?!」
「はい、その通りです」
めぐちゃんの視線が再び俺に戻る。
「あゆくん、マジ? 本当にそうなの?」
「まぁ、優樹菜が思っていることは間違いではないが……」
なぜかわからないが、妙に会話が噛み合っていないような気がする。
念のためではあるが、ちゃんと口で伝えた方がいいだろうな。
「俺と優樹菜は兄妹なんだよ。義理の」
そう説明すると、まーちゃんはどこかホッとした表情を浮かべる。
「なんだ。そういうことだったんだね」
そういうことってどういうことなんだろう……。
今まで何と誤解していたのか、気になるところではあるが……。
「それよりなんでまーちゃんがこの街にいるんだよ? 両親の都合で小学校上がる前に引っ越して行っただろ?」
まーちゃんの家庭もまた両親とも働いてはいるが、俺と優樹菜の親とは違い、いわゆる転勤族だ。
各地あっちこっち転勤しているとは前に親父から聞いたことはあったけど、なぜ転勤族のまーちゃんがこの場にいるのだろうか?
まーちゃんは質問の意図を把握したように説明をしだす。
「実はね、お父さんとお母さん会社やめちゃったんだ。なんか、いろいろとトラブルが発生したらしくてね、詳しくはよくわかっていないんだけど、会社が倒産するとかどうとかで……」
「なるほど、それで倒産する前に会社を辞めたのか」
「うん、それで地元であるこの街に再び暮らすことになってね、そこで退職金を使ってパン屋さんをやるみたいなの」
「そっか。ということは、二学期から転入してくるということか?」
「うん、同じクラスになれるかはわからないけど、また昔みたいに一緒に遊べるね」
「そう、だな……」
昔か……。
ふと、昔の記憶がまた蘇ってきた。
幼稚園の頃の俺は、わんぱくというよりも塞ぎがちだった。
周りの同年齢の子には母親という存在がいて、送り迎えとも母親が来ているのに、俺の場合はどれも親父だった。
今考えると、会社を早上がりして、俺のために迎えに来ていたんだよな。きっと俺が寝付いた夜中は残った仕事を片付けるのに必死だったのかもしれない。
その証拠というわけではないが、幼稚園の頃に撮った親父との写真はどれも目にはくまができ、やつれている。
それなのにそうとも知らなかった当時の俺は、親父を責めてしまったんだっけ。
「なんで僕の家にはお母さんがいないの?」「どうして他のみんなとは違うの?」とか言って親父を困らせていたような記憶が微かだがある。
お詫びとしてはなんだが、帰りにコンビニで適当なおつまみでも買って帰るか。
隣の優樹菜をちらっと見ると、なんとも言えないような切なそうな表情を浮かべていた。
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