第19話 泳ぎ方の練習②
優樹菜の話を聞いてみると、どうやら手足のフォームが悪かったらしい。
ばたつかせる時、膝から曲げていたり、手のひらが開いていたりと、いろいろ問題点を指摘された。
それに対し、あまりの多さに若干凹みそうにもなったが、今はそういう場合ではない。
俺は優樹菜の指導のもと、さっそく補正に取り掛かった。
まずはやはりクロールの基本とも言えるバタ足からだ。
バタ足がしっかりできていなければ、腕だけでも進めることには進めるが、それでも限界というものがある。バタ足があってこそ、初めて二十五メートルを泳ぎ切ることができる。
「じゃあ、お兄ちゃん。手を出してください」
「手?」
学校でやるように壁に手をつけて、足をバタバタしようとした瞬間、優樹菜からそう言われた。
なぜだろうと俺が思っていると、その疑問を感じとったのか、優樹菜が説明を始める。
「こっちの方が効率的にいいかな? と、思いまして。実際に壁際でバタバタしても前に進んでいるかどうか、わからないですよね?」
「それは……まぁ、たしかにそうだな」
「なので、私がこうすることによって、お兄ちゃんが前に進んだと同時に私がその分後ろに下がります。こちらの方がいいと思いませんか?」
「たしかにそうだな……」
「そうですよね。それではさっそく始めましょ」
優樹菜が何気ない感じで両手を差し出す。
兄妹とはいえ、彼女でもあることを気にしてしまうと、なんだか気恥ずかしさがこみ上げてくる。
かと言って、手を握らなければ、練習も始まらないし、何かしらで誤解されかねない。
俺は、その羞恥心を奥底で押し殺しながらもおずおずと手を握る。
優樹菜の手はとても小さく感じた。
そういえば、手を繋いだのはこれが初めてだったか?
そのことに気がついているのか、どうなのか、よくよく見ると、優樹菜の顔は赤くなっていた。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫」
照れているのだろうか。優樹菜は顔を隠すように俯いてしまった。
本当にこのままで練習が続くだろうか……。
俺はそんな一抹な不安を抱えながらも、とりあえず足をばたつかせる。
膝からではなく、股関節から動かすようなイメージを持ち、なおかつ、足の甲で水面を叩く感じでやる。
最初こそ、慣れない動作ということもあって、ぎこちない雰囲気ではあったが、次第に慣れていく。
それにつれ、どんどんと自分でも信じられないくらいに進んでいく。
――これが泳ぐということなのか!
と、心の中で感動しつつも、俺は目のやり場に困っていた。
常に顔を上げているせいで俺の目線はちょうど優樹菜の胸元。ほんのり膨らんだおっぱいを見ることには非常に嬉しいことではあるけれど、まじまじと見るものではない。
それこそ、先日のロッカーでの出来事を思い返してしまう。
――あの感触と弾力……。
「も、もういいんじゃないか? 結構進めるようになったしさ」
俺は、途中でバタ足を中断する。
こんなの続けていたら俺の気がどうにかなってしまいそうだ……。
「そ、そうですね。お兄ちゃんも結構コツがわかってきたみたいですし、次に移りましょう」
それから約一時間後。
思っていたよりもすぐにクロールで二十五メートルを泳ぎ切ることができた。
こんなにも早く泳げるようになるとは思っても見なかった。なんなら、あと数回は市民プール通いかなと覚悟していたくらい。
俺はプールから上がると、すぐに優樹菜の元へ向かう。
「すごいよ! 優樹菜って人に教えるのうまいんだな!」
そう言ってあげると、優樹菜はどこかくすぐったそうな表情を浮かべる。
「そ、そんなことないです……。お兄ちゃんの覚えるスピードが早いだけです」
「そんなことあるって! 将来教師とか向いてそうだな」
「私が教師、ですか?」
「ああ、絶対向いてると思うぞ? なにせ長年泳げなかった俺が、短時間で二十五メートルを泳げるようになったくらいだからな。将来の夢がもしなかったら、そっちの方も目指してもいいかもしれないな」
「将来の夢は、い、一応あります……」
「え?」
「そ、その……お兄ちゃんのお嫁さんに……」
優樹菜はそう言うと、確認するかのように俺をちろちろと見る。
俺は頭の中が一瞬で真っ白になった。
それも当然だ。
こんな美少女に将来の夢が俺のお嫁さんだって言われてしまえば、思考回路がオーバーヒートしてしまって、何も考えられなくなってしまう。
ここがもし、家とかプライベートな空間であったら理性が崩壊し、すぐさまに優樹菜を襲いかかっていたかもしれない。
「き、急に変なこと、言うなよ……」
俺は恥ずかしさのあまり、目線をそらす。
顔が熱くなっているのを感じながらも、サウナがある方向へと歩く。
時に思うのだが、優樹菜はたまに大胆な言動をとる。
それゆえに俺はどうしていいのかわからなくなる。俺を誘っているのか、それともただ天然なだけなのか……まったくもって区別がつかない。
そんなことを考えていると、サウナ室の前にたどり着く。
ガラス越しから見える中には誰もいない。
俺は、ドアを開けて、中に入ると、その後ろから優樹菜まで入ってきた。
「な、なんで……?」
そう訊くと、優樹菜は表情にこそあまり出してはいないが、拗ねた口調で、
「私を置いていかないでください……」
「あ、ああ、すまん……」
こんな狭い空間に暑苦しい中で二人だけ……。
付き合ってからまだ一ヶ月は経っていないけど、ほぼ毎日優樹菜の知らない一面が見られて本当に新鮮な気持ちになる。
俺たちの関係はまだ誰にも口外していないけど、いずれは必ずバレてしまう。
そんな日がずっと訪れなければ、俺たちはきっとこのまま幸せにいられるのだろうな……。
当たり前なことだけれど、ついそんなことを思ってしまった。
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