第26話

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(また、豚の……。俺が、何を──)神白は衝撃のあまり固まる。すると、観客たちが次々と立ち上がり始めた。

「裏切り者が、恥を知れ!」「どの面下げて俺たちの前に出られんだ!」「ろくでなしGilip○llas!」「糞野郎Cabr○n!」

 放送禁止用語すら用いて、ルアレのファンは神白を罵倒した。容赦は一切なく、皆、憤怒の表情で声を張り上げている。

 ファンたちはヒートアップし、物を投げ込み始めた。中年の女性が上手投げで卵を放った。べちゃり。避ける気力もなくなった神白の頭に命中。ぬるりとした感触が生じる。警備員たちが止めに入った。それでもファンたちは、神白への罵詈雑言を止める気配はない。

(はは……。何だこれ。なんて運命だ。禁断の移籍をやらかした俺は、一生こうやってぼろくそに言われて……。下手すれば何かの拍子に命まで落とすんじゃあ……)

 絶望のあまり目眩すら覚え、神白はくらりとよろけた。その時だった。

「やめて!」

 悲壮な調子の女の声がした。神白ははっとして顔を上げた。

 エレナだった。神白の前に立ち、庇うかのように大きく両手を広げている。

「サッカー選手はいろんな理由で移籍をするのよ! キャリア・アップのため、お金のため、家族の生活場所を変えるため。それがどんなものでも移籍は、彼らが真剣に考えた結果なの! 部外者が責めて良い道理なんてない!」

 懸命そのものなエレナの説得に、ファンたちは投げる手を止めた。(エレナ──)神白の胸にじわりと暖かいものが生じる。

「神白君はなんにも悪いことはしていない! だからこれ以上、神白君を責めないで!」

 エレナが言葉を切ると、あたりに静寂が訪れた。神白の口元は自然に綻んだ。おもむろに歩き始め、エレナの前に出る。

「神白君……」不思議そうな囁きに神白は振り返った。エレナの頬のあたりは涙に濡れており、両眼は赤くなっていた。

「ありがとう、エレナ」心からのお礼を告げて、神白は客先に向き直った。

「ルアレのファンの皆さん。ご存知でしょうが、僕、神白樹は十五歳の時にルアレからバルサに移籍しました。それから必死に頑張って成長し、今ではバルサのフベニールAの正ゴールキーパーにまでなれました。僕がルアレにいた頃に受けた、ファンの皆さんからのサポートのおかげです。感謝してもしきれません」

 吹っ切れた思いの神白は、客席を直視し高らかに告げた。ファンたちの表情から毒気が抜け、物を投げ込む手が止まる。

「これからも僕は、より優れた選手になるために全力で努力します。その過程で移籍をする可能性はありますが、ルアレに戻るつもりは今のところありません。でも絶対に、皆さんから受けた恩を忘れません。ルアレと戦う時は全力を尽くして、両チームのファンが楽しめる試合にすることを誓います」

 力強く言い切った。晴れやかで爽快な心持ちだった。

 しばらくして、卵を投げ込んだ女性がぱんっと手を叩いた。顔付きは、泣き出しそうにも見える切ないものだった。そのままゆっくりと拍手を始める。

 やがて、他のファンたちも続いた。多くの者が神白に、優しい微笑みを見せている。

「良かったね、神白君」背後から小声が聞こえた。神白は後ろを見返り、瞠目した。エレナの身体は、現れた時と同じ神聖な光に包まれていた。

「私の役割はこれで終わり。だからとっても名残惜しいけど、ここでお別れだね」

 エレナは寂しげに呟いた。表情は、諦観を滲ませた穏やかな微笑だった。

「結局、私が何者かはわからないままだったよね。初めて会った時は進んで言いたくないって話したけど、当てて欲しい気持ちもあったのよ。ほら、美人の女心は複雑だか──」

「カタルーニャ独立運動に便乗した偽デモ隊に殺害された、バルセロナSC・フェメニの選手。それが君の正体だ」

 神白はぴしりと断言した。驚いた様子のエレナは、大きく目を見開いた。

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