第3話
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一週間後のアトレティコ・セビリア戦、バルサは勝利した。スコアは二対〇。初先発だった暁の好守が、完封勝利の大きな要因だった。当初はしばらく控えだと予想された暁だったが、急速にバルサ・スタイルにフィットしてきていた。成長速度は間違いなくチーム一だった。
試合後、神白たちは飛行機でバルセロナまで戻り、チーム・バスに乗りそれぞれの住居へと向かった。時間はすでに二十時前で、辺りは闇に包まれている。
バスは信号に差し掛かり、ゆっくりと左折した。するとはるか前方から、たくさんの懐中電灯の光とともに大勢の人が騒ぐ音が聞こえてきた。カタルーニャ独立運動である。
(最近盛んだよな)神白は落ち着いた心境で思案する。神白はカタルーニャの独立に、賛成・反対のいずれの立場でもなかった。運動が不当な押さえつけを受けることなく、カタルーニャの人たちの希望に沿うような結果を得られればとは考えていた。
ふと神白は、隣に座るエレナの異変に気づいた。身体を守るように両手を交差させており、カタカタと小刻みに震えている。
はっとした神白は、次に視線を上に移した。エレナの小さな顔は病人のように蒼白で、斜め下に向いた両目には強い恐怖が浮かんでいる。
「エレナ!」反射的に神白は叫んだ。前の背もたれの上からチームメイト二人が、心配げに顔を出した。
「……だい、じょうぶ。心配しないで」エレナは蚊の鳴くような声で囁いた。瞳は今や、涙で潤んでいた。
バスが再び左に曲がった。独立運動の群衆を避けて、迂回するためだった。
神白は、注意深くエレナを観察していた。するとしだいに、エレナの身震いが収まっていった。
神白が呆然としていると、エレナがそろそろと口を開いた。
「気にかけてくれてありがとう。神白君、やっぱり優しいね」少ししっかりしてきたが、依然として頼りない口調だった。
「どうしたんだよ? 何かの発作でも起きたのか。でも持病の話なんて一度も──」
「デモがね、私、苦手なの」
必死で問い詰める神白に、エレナはぽつりと呟いた。眼差しは憂いに沈んでいる。
「ちょっと昔、デモを装った暴徒といろいろあってね。トラウマになってて気分が悪くなっちゃうんだよね。距離が離れたら影響はなくなるから、そんなに大きな問題じゃあないのよ」
「……わかった。これから気を付けるよ。あと、もし俺に何かできることがあったら遠慮なく教えてくれ。エレナの力になりたいんだ」
誠実さを込めて神白は言葉を紡いだ。するとエレナは、嬉しそうに小さく微笑んだ。
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