第20話●楽しみなのです

 マリー様のお邸を訪問した翌日はお昼近くまで寝過ごしてしまったようで、朝食はお断りして早めの昼食を少しだけ増やしていただきました。


 その後、あまり外出する気分にもなれませんでしたので、アムネリアのすすめで体を休めることにしました。


 リビングルームのソファーに座り、リカルドとアムネリアのお話をそれぞれから伺ったり、実家へのお土産を考えてみたりと、ゆっくり過ごすことにいたしました。



 ※※※※※ ※※※※



 首筋をさらりと流れる柔らかいチェーンの感触に意識を起こされました。


 そのチェーンに通した指輪を両手で包み込んで行うのは、すでに日課なりつつあるお祈りでございます。


 今朝は私とエドワードの繋がりがあった証の指輪を外した左手が、随分軽く感じました。


 ふと何もなくなった薬指に触れてしまうほどに。



 ※※※※



「お父様がお好きなものは変わっていらっしゃらないわよね。たくさんの木彫り細工を飾られておられましたけれど」


「旦那様のコレクションは大層ご立派でございましたね」


「こちらの城下にもそのようなものがあると良いのですけれど」


 今朝はしっかり朝食をいただいてから、昨日の分まで城下を見て回ることが出来るかしらと考えておりました。


 昨日、実家へのお土産について考えておりましたが、やはりお好きな物が喜ばれると思いましたので、今日はそういったお店も巡るつもりでございます。


「アムネリアとリカルドの衣装も、もう少し買い足した方が良いですわよね。私も同じような生地の衣装が欲しいのでまずはそちらから見て参りましょう」


 目立ちたくないとお願いした私の希望で、二人は民が普段来ている木綿の衣装を身につけてくれています。


 私が着ている絹の衣装は、するするした肌触りは良いのですが取り扱いには手間がかりますし、歩き回るには木綿の方が良さそうに見えました。


「ロゼリアーナ様がこのような民の衣装を身に纏われるのおつもりですか!?」


「動きやすそうですわよ?」


「それはそのように仕立てられているからです。あ、もしかしてロゼリアーナ様は今の衣装が動きにくいのでしょうか?」


「着慣れていますから特に不自由はありませんけれど、これから実家に向かうことを考慮すれば扱い易いものの方が良いのではないかしら」


「はぁ、私にはありがたいことではありますが……。はい、そうでございますね。

 辺境伯爵様のご領地までは日数がかかりますので、私一人でお世話させていただくのも限界があるかもしれませんものね。

 ロゼリアーナ様、お気遣いありがとうございます。おっしゃられましたように今日はまずそちらのお店へ参りましょう」


「あの、ロゼリアーナ様?先ほど私とアムネリアのものも買い足されると聞いたような気がいたしますが、私達は自分で用意してありますので、ありがたいのですがお気遣いは不要でございます」


「ふふっ。リカルド、私が選びたいのですわ。だから私の楽しみを奪わないでくださいましね」


 そうなのです。これまで私は自分の衣装を選ぶことはありましたけれど、他の誰かのものを選んだことがありませんでした。


 今日は初めて他の方の衣装選びをしてみようと考えていましたのよ。


「えっ、私の衣装をロゼリアーナ様がお選びくださるので!?…………私は陛下に殺されるのでは……」


 大きな目になってしまったリカルドは、握りこぶしを口の前に当てて驚いているようです。


「リカルド様、何をぶつぶつ言われているのですか?ロゼリアーナ様が楽しみにされていらっしゃるのですから、ということにして甘えさせていただきましょう」


「ええ、そうね。気になってしまうのであれば今回だけにしましょうか。そうしてくださると嬉しいですわ」


「……か、かしこまりました。よろしくお願いいたします」


「二人に似合うものを選ぶことが出来れば良いのですけれど。あ、でも、あなた達が気に入らなければちゃんと教えてくださいましね」


「そんな!ロゼリアーナ様がお選びくださるものでしたら間違いございません!」


「あら、アムネリアったら。ふふふっ。だと良いのだけれど。では、とにかく出かけましょう」


 リカルドはまだ何かを考えている様子ですけれど、そろそろ出かけないと買い物の時間が少なくなってしまいますわ。


 


 最初に入ったお店で、私はアムネリアとお揃いのワンピースを色違いで選び、遠慮しきりのアムネリアを引いて一緒に試着してみましたの。


 試着室から出るとお店の方から『姉妹のようですね』と言われましたので、嬉しくて購入を決めました。


 アムネリアが青ざめた顔をしていますね。


「ロゼリアーナ様、申し訳ありませんがこのワンピースをロゼリアーナさまと同時に身に付けるのは遠慮させてくださいませ。心の臓に負担がかかりそうでございます」


 リカルドも青ざめながら口を挟みます。


「ロゼリアーナ様、お二人が揃いの衣装を纏われて並ばれたお姿は大変お可愛らしいです。しかし、異性の私としましては、見なかったことにしなくては万が一の場合、進退に響きそうです。どうかそのようにご理解ください」


 私はロゼリアーナと初めて来た揃いの衣装を気に入り、楽しかったのですが、二人ともが青ざめるほど気に入らなかったのでしょうか。


 他の人の衣装を選ぶのは大変なのですね。



 次に入ったお店でリカルドのものを探しておりましたが、リカルドの体格が大きすぎて合うサイズのものがなく、オーダーメイドになるようでした。


 リカルドはホッとした顔をすると『ではまた次の機会に』と店主へ丁寧に断りを入れ、私とアムネリアを扉へ誘導してくださいました。


 リカルドとのお楽しみは、また次の機会になったようですね。


 では参りましょう。


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