第40話 激闘!第六駐屯地!(15) 緑女たちの戦場

 カリアは広場の端でひるむ奴隷兵たちを叱責しはじめた。

「この腰抜けども、お腰についたチ○コパイは売り切れかい! いつものように言ってみろよ! 武技! 亀頭硬度100倍ってなwww」


 そんなカリ頭、いや、違ったwwwカリアねカリア! カリ頭はカリアがもっている棍棒の形だったわwww

 バカにするカリアの言葉に同調するかのように、いくつもの笑い声が空から降ってきたのだ。

「いざってときは、役に立たないね」

「その腰につけたライトソードは電池切れですかぁ~♪」

「あはははは! 所詮は弱い女が相手じゃないと戦えないんだねwww」

「だったら、その神民魔人も女じゃないですぁぁ! オジサンたちファイトwww」

 それは城壁の上から次々と飛び降りてきた緑女りょくめたちであった。


 カッチィ~ん!!!!

 当然に馬鹿にされた奴隷兵たちは怒鳴り返した。

「ふざけんな! お前らのような汚らしい緑女りょくめには言われたくないわ!」

 思い思いに言い返すが……どうやらお腰の根棒は縮こまったまま。

 中には失禁している者もいるぐらいなのである。

 もう、この状況でなんぼ言い返しても失笑もの。

 だが、奴隷兵たちは、自分たちよりも下の身分である緑女りょくめたちに、ここぞとばかりに命令するのだ。

「この魔物崩れが! 人間様として扱ってほしかったら、魔物相手に戦ってこい!」

「俺たち人間様を守るのが、お前たち緑女りょくめの役割だろうが!」

「というかしゃべるな! お前たちと同じ空気を吸っていたら人魔症がうつるだろ!」

「さっさと死んで来い! お前たちの存在そのものが人類の欠陥品、いや害悪なんだよ」

「だいたい、お前たちは魔物の餌ぐらいにしか使えないだろうが! だ!か!ら!俺たちの盾になって、その神民魔人を押さえて来いよ!」


 フン!

 それを聞くカリアが鼻で笑う。

 ――いつもの事だ……

 だが、それでも、この駐屯地にいる緑女りょくめたちは、まだましな方なのである……


 そう、内地にいる緑女りょくめはこんなものでは済まされないのだ。

 緑女りょくめに触れると人魔症に感染する。そんないわれもない噂。

 そのため最下層の奴隷や半魔たちが務めるワンコインの風俗宿でも雇ってもらえないのである。

 髪が緑というだけで……魔物がとりついた存在として忌み嫌われる。

 そんな彼女たちは、ヒト相手に商売どころか、もはや話しかける事すら許されない存在だったのだ。


 そのため彼女らに任される仕事といえば……

 見世物小屋で発情したブタの相手を観客たちが飽きるまでさせられたり……

 繁殖用の軍馬などを発情させるために、その生殖器を自らの体で刺激する役割を担わされていたり……

 肥溜めを攪拌するために、満満とたたえられた糞の中に裸で放り込まれたり……

 ついには……内地に出没した魔物を捕まえるために、トラップの中に入れらる生餌にされていたのだ……

 緑女りょくめは死んでも構わない。

 というか、死んでくれた方が世のためなのだ。

 そのため緑女りょくめたちが担わされる仕事は、おおよそ人のするものではなかった……

 牛馬……

 魔物……

 いや、魔物以下の存在として彼女たちは扱われていた……

 

 だが、緑女りょくめに対する差別はそれで終わらない。

 当然に、その狂気は緑女りょくめを生んだ家族にも向けられるのである。

 例えその身分が神民であったとしても同様なのだ。

 だからこそ……緑女りょくめが生まれた家では、人知れず、その子をスラムに捨てるのである……

 この! 人でなし!

 いや……これも親の愛なのだ……

 そう、緑女りょくめと言えども生まれてきた我が子……

 殺してしまうのは不憫でしかない……

 身勝手なのは重々理解している……

 だが、自分たちが生き残るにはこれしかないのだ……

 そう……スラムに投棄すれば……もしかしたら、生き延びてくれることだってあり得るのだ……

 そんな親たちは、緑女りょくめの小さな手に、一つの形見を握らせるのである。

 決して来ない再会のために……


 このように、ひどい差別を受けている緑女りょくめたちであったが、駐屯地では少し事情が異なっていた。

 そう、駐屯地は魔物たちと戦う最前線。

 死人が多く出る現場では、常に人不足なのである。

 そこに、いつ死んでも構わない緑女りょくめたちの存在はありがたいのだ。

 そのため、駐屯地にいる緑女りょくめたちは、常に最下層の兵士として、最前線で戦う役割を担わされていたのである。

 それはいうなれば、奴隷兵たちよりも先に投入される先兵である。

 だが、奴隷兵のように生きて帰っても褒美などありゃしない。

 死にたくなければ、必死で戦う……

 少しでも生きたければ、必死で戦う……

 ただ、それだけの存在なのである。


 しかし……それでも……いいのだ……

 この駐屯地で兵士として戦っていれば、人として扱ってもらえるのである……

 自分は人間……

 魔物なんかじゃない……

 そう思う仲間が集まってくると、自分たちは一人ではないんだと思えるようになるのだ。

 これが内地の緑女りょくめたちと比べ如何に幸せであるかは、同じ緑女りょくめたちにしか分かるまい。


 そうこうしているうちに城壁の隙間を超えた魔物たちが、ガンタルトの頭を滑り落り、広場の上へとおりたっていた。

 だが、城壁の裂け目の内側は亀頭の尿道のように飛び出そうとする異物にくらべて少々狭いのだ。

 そんな魔物たちは押し合いへし合いもつれあう。

 それはまるで亀頭の周りにまとわりつく白玉のよう……

 だがそれでも、一匹……

 三匹……

 十匹と次第にその数を増やしていくのだ。

 そしてついに、地上に降り立った魔物たちの口がまるで空腹に耐えきれないかのようなよだれを垂らし、一斉に奴隷兵たちに向けて走り出したのである。

 ガオォォォォ!

 ヒィィィィイ!

 その気迫におびえる奴隷兵たちは、もうすでに及び腰。

 もはや今の彼らに魔物を迎え撃つ気迫など残っていなかった。


 だが、緑女りょくめたちは違う。

 目の前に敵がいる限り戦い抜く!

 戦いこそが彼女らの生きる希望!

 それが、人間であり続けるための証明だったのである。

「みんな! いくよぉぉぉ!」

「「「おぉぉぉ!」」」

 魔物群れに向けて一斉に走り出す緑女りょくめたち。

 その数、およそ20……奴隷兵の残存兵力300に比して1/10以下。

 あまりにも少ない……少なすぎる……

 だが、それでも今なら、駐屯地内に入り込んだ魔物の数も少ないのだ。

 ならば今のうちに魔物たちを押し返す!

 そうすれば、城壁の隙間にたどり着くことができるかもしれない!

 そして、もう一度、あの隙間をふさぎきる!


 だが、粗末な防具しか与えられていない彼女たち……

 おそらく魔物の一撃すら耐えきることはできないだろう……

 それでも懸命に振るう緑女りょくめたちの武具が高い金属音を立て魔物たちと切り結んでいたのだ。


 今ないける!

 やはり、侵入した魔物の数が少ないせいか緑女りょくめたちは、徐々に魔物たちを城壁の裂け目へと押し返し始めていた。

「もう少しだ! あんたらも手伝え!」

 緑髪をポニテールに結んだ女が叫んだ。 


 だが……


 もう少しで押し返せるにもかかわらず……


 奴隷兵たちから返ってきた言葉は……


「汚ねぇんだよ! この汚物どもが!」

「おまえらなんかと一緒に戦えるか!」

「おまえらも魔物だろうが、魔物のそばに近寄れるものか!」

「お前たちと一緒に戦かったらしたら人魔になるだろうが!」

 そんな男の奴隷兵たちは、まるで汚物でも見るかのような目で叫び声をあげていた。


 今、魔物たちを城壁の外に押し返さないと全滅するんだぞ!

 それを聞く緑女りょくめたちは皆、そう思ったことだろう。

 だが、奴隷兵たちを叱責しようにも、彼女たちは魔物との戦闘中。

 とてもじゃないが、そんな馬鹿を言う奴隷兵たちをぶち殴る余裕などなかった。

「こんな時に、なにを馬鹿なことを言ってるのよ!」

 ツインテールの緑髪の少女は、魔物を切り伏せながら泣き叫んでいた。


「魔物は魔物同士でつぶしあえ!」

「お前たちが死んでから俺たちが戦ってやるよ! 安心して死にやがれwww」

「おっ! お前らいっちょ前に血は人間様と同じで赤色なんだなwwww」

「もしかして、お前らのあそこも人間様と同じなのか? なら、今度、試してやるよw」

「お前馬鹿だな、あんな奴らの体にさわったら人魔症になるだろうがwww」

「死ね! 死ね! 死んでしまえ! 汚物どもぉwww」

「わっ! 汚ねぇ! こっちに魔血を飛ばすな! この魔物女が!」


 次々と、いわれなき誹謗中傷が刃となって緑女りょくめたちの背中を切りつける。

 自分たちは人間なのだ……

 魔物じゃない……

 魔物じゃない……

 ただ、人間でいたかっただけなのだ……

 涙を流しながら懸命に歯を食いしばる緑女りょくめたち。

 今まで何とか保ち続けていた白い心が、男たちの悪意で徐々に赤く染め上げられていく。


 止まらない……

 隙間から流れ込む魔物の数が止まらない……

 止まらない……

 魔物たちの攻め込む勢いが止まらない……

 だれか助けて……

 誰でもいいから、私たちを助けて……

 でも……そんなもの好きな人はいやしない……

 私たちは嫌われ者……ゴミ以下の存在……

 分かっている……

 そんなことは言われなくても分かっている……

 でも……死にたくない……

 死にたくない……

 死にたくないよ……お母さん……


 まだ見ぬ母を思い、その手に握るは唯一の形見。

 捨てられたときに握らされていた緑女りょくめたちの宝物。

 これを見ているときだけ母を思えるのだ……

 自分は……自分が……緑の髪じゃなかったら……

 きっと……きっと……愛されていたにちがいない……と


「お母あさぁぁぁぁん!」

 一人、また一人と緑女りょくめたちが倒れていく。

 もうすでに、彼女たちの心は自分の色を失っていた。

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