第21話 激闘!第六駐屯地!(8) カルロス vs. ゲルゲ

 再び増えるゲルゲの様子を見守る守備兵たちは呆然と立ち尽くしていた。

 そう、戦いの最中であるにもかかわらず、ただただ、なすすべもなく空を見上げていたのである。

 というのも、城壁の上にあれだけいたはずのコカコッコーの数がめっきり減っていたのだ。

 その代わりに、ゲルゲという魔人が飛んでいる。

 だが、先ほどまで空を覆いつくしていたゲルゲの群れは何を思ったのか、突然カルロス隊長にめがけて飛んで行ってしまったのである。

 しかもその数が激減したところを見ると、おそらくカルロス隊長がゲルゲの群れを粉砕したに違いない……

 おかげで、あれほど熾烈を極めていた攻撃がぴたりとやんでいた。

 たとえるなら、それは嵐の中のほんのささやかな安らぎの一時といったところ……

 だがしかし、ゲルゲが再び分裂を繰り返しはじめているのだ。

 増えゆくゲルゲを見まもる守備兵たちは思う。

 ――今度もまた……カルロス隊長のところに飛んで行ってくれるのだろうか?

 いや、そもそもである……

 ――カルロス隊長は無事なのだろうか?

 全体が見えぬ守備兵たちにとって今の戦況がどうなっているのか全く分からない。

 当然、先ほどのゲルゲの一斉攻撃を食らったカルロス隊長の生死など確かめようがなかったのである。

 だが、ただ一つはっきりしていたのは、先ほどからカルロス隊長の大声が全く響かないのだ。

 ――もしかしたら……もう……カルロス隊長は……

 どうすることもできない兵士たちは、増えゆくゲルゲをとともに不安を増幅させていくのであった。

 ――カルロス隊長がいないとしたら、次の攻撃目標は……もしかしたら……いや、確実に自分たちに向けられる……

 先ほど降りかかってきた魔人の恐怖が再び襲い来ようとしているのだ。

 ――おそらく……今度は……逃げられない……

 かろうじて生き延びた守備兵たちは思い思いにつぶやく。

「確実に死ぬ……死んでしまう……」

「いやだ……いやだ……」

「でも、どうすれば……相手は魔人……魔人だぞ……」

 そう考えると、もはや守備兵たちの視界には絶望しか浮かんでこなかった。

 もはやゲルゲに対する恐怖でおびえるその体は完全に硬直し、逃げ出す足すらもなくなっていたのである。


 だが、無数に空を飛ぶゲルゲたちも……その中には足がなくなっているモノもいたのだ。

 確かに空中戦において「あんなの飾りです。偉い人にはそれが分からんのですよ」という声が聞こえてきそうであるが、個体によっては足だけではなく、手や耳、鼻、目といったそれぞれ違った部位が欠落しているものもある。


 ええっと……ただいま、トビなどの鳥は空で喧嘩する際に足を使うんだぞ! というクレームを受けました。

 が……

 そんなことどうでもええわ!

 旧約聖書を見てみ! 旧約聖書を!

 聖書に出てくる天使たちの御姿を!

 そう、目玉に羽が生えているだけなのだ!

 腕や足などありゃしない!

 まさに究極形は手すら必要ない世界なのだ! 分かったか!

 

 だからこそ、その状態でも戦おうと思えば十分戦える。

 だが、さすがに羽がない個体については、分裂した瞬間に飛ぶことすらできずに地上へと落下しぺっちゃんこにつぶれていた……

 まぁ、このようにそれぞれの個体が、いろんな部位を欠落していたのであったが、しかし、よくよく観察してみると、どのゲルゲにも共通してないものがあった。


 そうそれは……

 

 け


 そう……髪の毛である。


 最初登場した時にはナルシストのようにリーゼントヘアーにまとめ上げていた立派な金髪が、今や皆、ツンツルてんのつるぴかハゲまる君になっていたのである。

 ここまできれいにハゲあがってていると、北斗シイタケによって脱毛されたのかと思ってしまうが……ところどころにかろうじて小さな毛が残っているところを見ると、やっぱりセレスティーノの輝きのほうが格段に上である。

 恐るべし! 北斗シイタケ!


 今や、数百体ほどに数を戻したゲルゲ。

 そのうちの何体かがカルロスに向けて突っ込んできた。

 先ほどのように全員が一斉に攻撃を仕掛けてこないところを見ると、少しは学習したようである。

 だがカルロスは慌てることもなく、腰を低くし盾を構える。

 

 がキーン!

 甲高い音とともにゲルゲの爪が円刃の盾を切りつけた。

 それと同時に、別の一匹がカルロスの背後から襲い掛かってきたではないか。

 これは前後同時攻撃! いや、左右からも加えた四方向からの攻撃!

 だが、カルロスの盾は一つ! 前に構えた物しかない!

 すべての攻撃を受けきるのは、まずもって不可能といもの!


 バキッ! バキッ! バキッ!

 砕け散る固い装甲!

 折れた骨と噴き出した血潮が辺り一面に飛び散っていく。


 だが、カルロスは微動だにしない。

 盾を構えた姿のまま動かないのだ。


 うぎゃぁぁぁぁ!

 前後左右から襲い掛かっていたゲルゲたちが血まみれの腕を押さえながら悲鳴を上げていた。

 そう、彼ら?の突き立てたはずの爪が見事に砕けちり、爪の固い装甲をまき散らしていたのである。

 しかも、その衝撃で折れたのだろう。指の中ほどからはとんがった骨が飛び出して指をいびつな方向に曲げているのだ。

 

 だが、そんな叫び声をあげている四匹のゲルゲたちの首が、いきなりはねとんだ!


 カルロスが大きく振り回す円刃の盾についた刃が彼らの首を切り裂いていたのである。


 ゲルゲとは、こんなに弱かったのか……

 いや、そうではない……

 ゲルゲの爪は円刃の盾と打ち合っても少々かける程度、そう、ギズモがグレムリンになるぐらいだったはずなのだ。

 であれば、カルロスの魔装装甲に打ち付けたとしても骨など折れることなどありえない。

 だが……現実に今、折れている。

 それどころか、簡単に首がはねとんだのである!


 まっすぐに背を伸ばすカルロスが、ついに大きく吠えた!

「今こそ好機! 目の前の敵を掃討せよ!」

 それは城壁の上にいる皆に聞こえるほど大きな声。

 これには守備兵たちも驚いた。

「「「カルロス様! 生きてたよぉ‼」」」

 先ほどまで駐屯地全体を包み込んでいた絶望が消し飛んだ。

 すでに死を覚悟していた守備兵たち。そんな彼らの時間が無理やり動かされはじめたのである。


 カルロスの大声を合図にするかのように、再び、城壁の上の連弩隊から無数の矢が放たれ始める。

 カルロス以外の魔装騎兵たちも懸命に剣を振るいはじめ、次々とゲルゲの首を落としていくのであった。

 だが……彼らには先ほどまで感じることがなかった違和感があった……

 あれ……?

 魔人って……こんなに弱かったっけ?

 手ごたえのないゲルゲの体に、皆、あっけにとられていたのである。


 そんな時、再びカルロスの檄が飛ぶ!

「今こそ第六の意地を見せるとき! 我らは決して負けぬ! 引かぬ! 退かぬ! 勝利をつかむその時まで! 覚悟を決めよ!」

 その声にさらに勢いづく守備兵たち。

 そうだ! 俺らは魔人よりも強い!

 魔人より強い俺らは決して負けない!

 負けることなどありえない!

 エメラルダ様が戻られるまで守り抜いてみせる!

 オオォォォォォッ!!!!!!

 

 矢に貫かれ落ちていくゲルゲたち。

 剣によって真っ二つになるゲルゲたち。

 その数が次第に減っていく。

 だが、いまだに増え続けるゲルゲの個体。

 しかし、分裂に伴い髪の毛がどんどんと減っていくのだ。


 それを見るカルロスは確信していた。

 おそらくその髪の毛は分裂の回数、いわゆる分裂の限界を表しているのだろうと。

 ならば、すでに剥げている奴らは分裂限界を迎えているということなのだ。

 分裂を繰り返すたびに部位が欠損していくゲルゲの体。

 その体を維持することもかなわない……

 ならば当然に、その体の強度も落ちているはずなのである。

 今や、魔装装甲によって身を包まれているカルロス。

 しかも、魔装騎兵の中でも防御力に特化したカメの魔装装甲である。

 今の弱体化したゲルゲたちに打ち砕けるとは、到底、思えない。

 だからこそ、カルロスは迫りくる爪撃を微動だにせずに受けきったのだ。


 そして今、カルロスは一匹のゲルゲににらみを利かす。

 というのも、ハゲちらかしたゲルゲの群れの中に、円形脱毛症を起こしている個体が一つあったのだ。

 そう、まだ奴にだけに髪の毛が残っているのである。


 なぜ……奴にだけ?

 いや……おそらく、あの円形脱毛症野郎こそがオリジナルなのだろう。


 オリジナル?

 分裂複製した個体にオリジナルなどという概念が存在するのだろうか?


 確かに……今、ここで起こっているのが完全なる分裂複製であるとするならば、もうオリジナルはそこにはない。

 そう、すべてがオリジナルなのだ。

 だが、ゲルゲは神民魔人である。

 神民魔人であるからこそ、オリジナルの完全な分裂複製は不可能なのだ。

 というのも、ゲルゲの胸には神民の証たる騎士の名前が刻印されている。

 もしこれがオリジナルと同じように分裂したとすれば、この騎士の刻印も分裂することになってしまう。

 それは同時に、神民魔人の数が増え続けることを意味しているのだ。

 だが、一人の魔人騎士に割り当てられた神民魔人の数は騎士任命時にあらかじめ決められている。

 その数を超えて神民魔人を増やすことなどできやしないのだ。


 なら……ゲルゲが勝手に分裂してその神民魔人の枠を使い切ってしまう可能性はないのだろうか?

 いやいや……そんなことになれば魔人騎士たるガメルは、自分の意思で神民魔人の数をコントロールすることができなくなってしまうではないか。

 それは、すなわち第六の魔人世界側のフィールドを維持できなくなることを意味しているのだ。

 いいかえれば、魔人世界のフィールドにあるキーストーンを人間たちに奪取されるという事と同義なのである。

 そんなことになるのならガメルにとって、もはやゲルゲの存在そのものが邪魔なものとなってしまうのは当然のことだ。

 もうその細胞一つに至るまですりつぶされて、きっとこの世から消されてしまうことだろう。


 だが、現にゲルゲは生きている。

 そして、ガメルの神民魔人として仕えているのだ。

 だいたいそもそも、騎士の名の刻印は騎士によってのみ与えられる唯一無二のものなのである。

 すなわち、ゲルゲの分裂ごときによって刻印が簡単に複製できるわけはないのだ。

 ならば、その刻印が刻まれた半身は体の細胞を減少させることなく、オリジナルであり続けるという事。

 ということは……この無数に飛びまくる群れは、最初に分かれたもう一つの半身がさらに分裂を繰り返して増えたものといえるだろう。

 もしかしたら、この群れのどこかに最初の半身たるオリジナルがあるのかもしれないが、すでにその原形をとどめていないのかもしれない……

 いや、今はそんな半身のことなど……どうでもいい……

 今、目の前にいる神民の刻印をもったオリジナルの半身を何とかしないといけないのだ。

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