第32話 全人類の天敵
ガサガサガサガサガサガサッ
早く帰りたいと思っていたところ、そいつは突然現れた。
パンドラは今俺にしがみついているため見えてないと思うが、俺からはバッチリ見える。今俺が振り返ったからな。がっつり目が合ってる。
「ゼノン様………今、嫌な音が聞こえた気が……」
「大丈夫だ。大丈夫だから絶対に後ろは振り返るなよ?絶対だぞ!?振りじゃないからな!?」
「えっ……まさかまた何かいるんですか? 私の後ろに何かがいちゃうんですか!?」
これは虫嫌いにはきついと思う。っていうか虫嫌いじゃなくてもこの虫は嫌いだと思う。
そいつはどこにでも現れ、狭い場所を好み、縦横無尽に動き回る。とても素早く外皮が硬い。さらには黒光りなそのフォルム。
転生する前はよくこいつと格闘をしたもんだよ。全然攻撃が当たらないんだよな。
全人類の敵と言っても過言ではないそいつの名は……
G
この世界も日本もこいつの姿形は共通なんだな。
だが、日本と似ても似つかない違いが一つある。
それは………大きさだ。
日本産のサイズは大きくても5センチぐらいだろう。
だが、異世界産のサイズは2メートルぐらいあるんじゃないか?
[エンペラーローチ]
ゴキ○リ界の帝王。全てにおいて桁違いである。気性が荒く、とても素早い。死ぬ間際になると仲間を100匹ほど呼ぶ。
うわぁ……これ、逃げることも倒すことも出来ないんじゃないか?出来ることならこの場から今すぐ泣き叫びながら逃げ出したい。とにかくこいつを視界から外したい。
しかし全てにおいて桁違い、死ぬ間際に仲間を呼ぶ…
さらに今の俺は疲れ切っている…
これ仲間呼ばれたらパンドラの精神が崩壊するな。
この見た目がうじゃうじゃ湧いてくるってことだろ?
もしかしたら俺もショック死するかもしれん。
さて………どうしたもんか……
と思っていたら奴が一瞬で俺の眼前まで迫ってきた。
うわっ近くで見たらグロいな……
じゃない!?早い!!
たしかにこいつらは新幹線並みに早いと聞くが、まさかここまでとは!?
咄嗟に俺は反転してパンドラに当たらないように突進を背中で受けた。
「ぐっ!」
かなりの衝撃だ。車にひかれたのかと思ったよ。
これ、防御力が上がっていなければヤバかったな…
それでも肋骨が何本か折れた。
チクショウ、クソいてぇ……
俺は3メートルほど吹き飛ばされたが何とか転ばず体勢を立て直した。
しかしそこでパンドラに異変が起きた。
俺が咄嗟に庇うように反転したせいで、今俺が相手をしている人類の天敵の姿が見えてしまったのだ。
マズい!!と思った時にはもう遅い。
ガタガタ小刻みに震えだしたかと思うと、口から泡を吹いて失神した。
女性がしていいような表情をしていないが大丈夫かなこれ………
しかしこれで絶体絶命の状況に拍車がかかった。
何十キロと本気で走り、ほとんど残ってない体力。
初速度が新幹線並みのタックル。
倒そうとすれば仲間を呼ばれる状況。
そして、気絶してお荷物となったパンドラ。
この状況……ハンパなく詰んでいるぞ。
幸いにもまだ奴は動こうとしない。
しかし動かれたら一瞬で距離を詰められる。
さて考えろ…! どうする……!?
何か虫特有の特性とかなかったか?
こんなことならもっと知識を蓄えとけばよかった……
ひとまず気絶しているパンドラをどうするかだが、ひとつだけ考えがある。ディメンションの中に隠すことは出来るのではないか?
前にミニマムメタルンを閉じ込め、取り出して討伐することに成功した。その後も魚や動物で試してみたが特にこれといった弊害は無かった。
この間はオロチをディメンションで外まで持ち運び、一緒に散歩したぐらいだ。その時も聞いてみたが、特に違和感はなかったらしい。
パンドラだけではマズいので、まずは俺ごと入ってみることにしよう。
俺はディメンションを足元に発動し、パンドラとともにディメンションに入ろうとした。
そう考えていたところ、エンペラーローチがこちらに向かって突進してきた。
マズい!!と思ったが、ぶつかるより早くディメンションの中に入ることができたので衝撃は来なかった。
いざ入ってみたら特に違和感もなく真っ暗な部屋にいるみたいな感じだな。
この調子なら大丈夫だと思い、パンドラを置いて俺はディメンションから出た。
すると腹部に強烈な衝撃が走る。
見てみるとエンペラーローチの突進をモロに食らっていた。
「ガハっ!!」
そのまま吹き飛ばされ、1本目と2本目の木をなぎ倒し、3本目の木にぶつかったところでようやく止まった。
どういうことだ!?さっきディメンションで避けた筈だぞ!?なのに何故先程の体勢からスタートしている!?まるで止まっていた時間が動きだしたかのように……
まさか……ディメンション内部は時間が止まっているのか!?
確かにディメンション内部に入れた魚を1日経ってから取り出しても、捕まえたままの状態だったが……
まさか本人が入った場合、外の時間が全く進まないとは……
ってことはこのスキル、物を新鮮なまま収納できるが、攻撃を避けるために使うことはできないってことか。
だが敵を封じ込めることには使えるだろう。
ならこいつをディメンション内部に閉じ込めてやればいい。
幸いこいつは見る限り真っ直ぐにしか走って来ない。
だからぶつかる瞬間ディメンションを発動し、閉じ込める。ミッションコンプリートだ。
するとエンペラーローチは予想通り目の前からこちらに突っ込んできた。
あたる瞬間は……今!!
「【ディメンション】!!」
俺はディメンションを目の前に発動する。あと10センチほどで入っていくだろう。
だがここで信じられないことが起きた。
ディメンションがあたる瞬間、奴は直角に曲がり気づけば俺の横腹にめり込んでいた。
「ガフッ……!」
嘘だろ……! 何であれも避けれんだよ……!
「さっきから腹ばっかり攻撃してきやがって……! おかげで内臓と骨がやられたよチクショウ……!」
口からは血が溢れ出してくる。
このままいけば殺される前に出血多量で死にそうだ。
しかし人は死ぬ間際になると走馬灯のようにいろいろ思い出せるというのは本当らしい。
死の淵に立たされたことによって、昔少し調べたことのある知識を唐突に思い出すことができた。
そんなことなど露知らず、関係なく奴は俺に向かって突撃してくる。
しかし奴の足は俺の少し前で止まった。
「【シトラス】……使えないと思っていたスキルが まさかこんな形で役に立つとはな……」
そう、虫たちはメントール系やミント系の爽やかな匂いを嫌う習性がある。大抵の虫なら近づかない。
だがこいつは規格外だ。多分だがもう少ししたらこの匂いに順応して俺に突撃してくるだろう。
だが少しの時間が空けばいい。俺はその間に勝利への準備が出来る。
しばらくすると奴は俺から徐ろに距離をとり、腰を低くして突進の準備に入った。俺をこのまま押し潰す気だろう。
そして溜めた力を一気に解放し、弾丸のように俺に向かって突っ込んできた。
もう誰にも避けることが出来ない神速の一撃を前にして、俺は…………笑った。
ドッ…………!!
エンペラーローチは何が起きたかわからないだろう。
高速で飛んできた何かが、頭からお尻に向かって一直線に貫通した。
そしてそのまま倒れ込み、すごい速さで地面を滑りながら俺の目の前で停止した。
「ふぅ……初めてだが上手くいってよかった……」
俺が使ったスキルは【水鉄砲】。
じゃあいつ水を口に含んだのかいうと、答えは俺の血だ。
お腹から上がってくる血を飲み込まず口の中に貯めておいた。そして最後は確実に仕留められるよう全力で突撃してくると予想してたからな。
あとは突撃してくるエンペラーローチの頭を狙って撃つだけだ。
さすがにあのスピードじゃ避けることはできなかったらしい。
「はぁ……とんでもなく強かったが、最後は俺の予想通りに動いてくれてありがとうよ…」
こうして、魔族の王 対 害虫の王の戦いは静かに幕を閉じた…
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