第61話

 それからルーとアニィがこっちにやってきた。ルーはまたアヒルだった。聞くところによると、レースを下から見ているうちにドキドキポイントがたまってこうなってしまったのだという。相変わらず変身は謎のポイント制のようだ。彼女は僕の頭の上をバサバサ飛び回り、優勝おめでとう!と、連呼し続けた。アニィはバイトを「トイレ休憩」で抜け出してきたということで、エプロン姿のままだった。「まさか、ほんとに優勝するなんてね。あんた、おかしいんじゃないの」彼女はすねたようにこう言った。そして、すぐにバイトに戻って行ってしまったが、去り際、向こうを向いたまま「お、おめでと……」と、つぶやくのが聞こえた。僕は笑って、「どういたしまして」と、その小さな背中に答えた。


 受賞式が終わると、僕はクラウン先生のところに行った。彼はレースをリタイヤした選手達と共に、エリサ魔術学園の敷地内の救護テントに運ばれていた。テントに入ると、ジレを始めとして、多くの選手達に睨まれた。ま、まあ、勝負は勝負だし! それらを無視して、先生のベッドに向かった。


 先生はベッドにあおむけに寝かされていたが、仮面はベッドのわきに置かれており、その代わりのように顔に白い布がかぶせられていた。誰がこんなことを……。おかげで、近くを通る人の中には、彼を見て切なそうに拝む人もいた。いや、死んでないよ! この人ただ寝てるだけだから!


 とりあえず誤解を招く顔の布を取ると、先生はそこではっと目を開けた。僕は早速、今回の事件の詳しい顛末を尋ねた。先生は話せる範囲でという感じだったが、かなり詳細に語ってくれた。なんでも、黒幕は王位に近しい王弟とその一派だという。そして、ラーファスを彼らの権力争いの場にされ、フォルシェリ様は大変怒り心頭だったそうで、ワッフドゥイヒが捕まる前から、今回の粛清は決定事項だったそうだ。あの朝、彼のところに行ったのも、彼から「フェトレの正体は知らなかった」と言質を取るのが目的で、それにより陰謀に加担した人間を追い詰める腹だったそうだが、実際はそうならなかったので、ますます機嫌が悪くなったのだという。それで、彼のことは放置することに決めたらしい。また、その直後、今度は宵闇の陽炎達による襲撃が王弟一派達による工作だった疑いが浮上して、さらに激憤したという。なんでも、ラーファスを覆う宵闇の陽炎達の侵入を防ぐための結界が、その日、内部の人間に一時的に解除された痕跡があったそうだ。


「お前が最初に学園長室にやってきたとき、あいつはその報告書を読んでいた。だから、ああも荒れていた。当然だ。王弟一派は、王女一人を抹殺するためだけに、あの場にいるすべての生徒を巻き添えにするつもりだったのだからな」


 先生も非常に憤っているようだった。険しい顔をさらに険しくした。


 また、今回の件は表向きは一人の少女の殺人未遂事件として処理されるということで、大量粛清の理由も明らかにされないということだった。もちろん、それはあくまで表向きで、王弟の失脚は間違いないそうだ。陰謀のとばっちりを受け、あやうく処刑されそうになったワッフドゥイヒも今日すぐに釈放されるという。


 そうか、あいつ、もう出てこれるんだ……。


 一番聞きたいことが聞けたので、僕はもう話なんて聞いていられなくなった。「じゃあ、先生はここでゆっくり休んでてください」と、その顔に白い布を押し当てながら適当に言って、早足でテントを出た。


 寄宿舎に戻り、門の前で待っていると、一時間ほどしたところで、やがて一人の銀髪の少年が向こうから歩いてきた。


「どうしたんだ、レースの優勝者がこんなところで?」


 彼の第一声は朗らかだった。ランタン草の街灯に照らされたその顔を見ると、多少やつれてはいたが、元の快活な彼のようだった。緊張していた僕は大きく肩すかしをくらった気持ちになった。「君を待ってたんだよ」ぶっきらぼうに答えた。


「いいのか、ヨシカズ? パレードには参加しなくても?」

「パレード?」

「祭りの最後にやるんだ……もう、始まってるかな」


 と、彼は街の中心のほうに顔を向けた。僕もそちらのほうに顔を向け、耳を澄ますと、それらしい楽しげな音が遠く聞こえてきた。


「君は祭りの目玉のイベントの優勝者だ。あそこでは多くの人が君を待っているだろう。行かなくてもいいのかい。今からでも間に合うと思うけど」

「……いいよ、そんなの。今日は疲れたし」


 僕は緩く笑って首を振った。実際、ワッフドゥイヒの無事な姿を確認して、一気に体から力が抜けたような感じだった。


「そうか。じゃあ、遠くから眺めるだけにしよう」


 と、彼はふいに微笑み、軽く手を振って何か魔法を使ったようだった。たちまち、僕達二人の体は宙に浮きあがった。いきなりなんだろう急に……。とりあえず、彼にされるがままにしていると、やがて、僕達は寄宿舎の屋根の上に降ろされた。

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