第25話
だが、彼らは次の瞬間には、近くの壁に激突していた。ワッフドゥイヒが片腕を水平に払ったとたん、強い風が発生し、彼らを吹き飛ばしたのだ。
今度は風魔法?
その物理的な攻撃は、マントではさすがにどうしようもなかったらしい。男達はまた衝撃に目を回した。ワッフドゥイヒは、その隙を見て、左手から腕輪を取り、剣に変えた。そして、流れるような所作で彼らの懐に踏み込み、次々と斬りつけて行った。
彼が斬ったのは彼らの体ではなく、その首に巻かれていたチョーカーのみだった。黒い石が埋め込まれたもので、それを斬られ、体からはがされると、彼らはみな青い顔をしてその場に崩れて行った。
「これって……?」
その黒い石の一つを手に取ると、
「これは耐魔石だ。
ワッフドゥイヒが解説してくれた。なるほど、見ると、その石を取られた男達はみな完全に気を失っているようだった。
「このマントといい、耐魔石といい、とても高価なものなんだ。こんなものを部下に支給するなんて、こいつらの親玉はよっぽど羽振りがいいんだな」
彼は忌々しげに言った。通りで僕の財布なんか目もくれなかったわけだ。
と、そこで、
「ああ、ワッフ……」
フェトレがたまらなくなったように、彼の懐に飛び込んだ。
「わ、わたくし、すごく怖くて……。あなたがこなかったら、わたくし達……」
「もう大丈夫だ」
ワッフドゥイヒは震える彼女をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でた。その声もまなざしも、とてもやさしいものだった。彼女はますます彼にしがみつき、泣きじゃくった。
あれ、もしかしてこれって……。
そう、それは完全に、美しい姫と、彼女の窮地を救ったイケメン騎士との、二人だけの世界だった。そして、僕は完全にいらない存在だった。二人は僕からほんの一メートルくらいしか離れていなかったが、ものすごく遠くに感じた。美男美女が愛し合い、抱き合っているその世界は、本当に輝いていた。
いや、それだけではなかった。目の前に広がるこの景色は、ほんの少し前、僕が夢見た世界そのものだった。あの瞬間に、僕は姫を守れる男になるはずだった。でも、できなかった。結局できたのは何でもできるイケメンで、僕はただ、見苦しく狼狽し、無様にも魔法を失敗しただけだった……。
何が異世界デビューだよ、何が俺ツエーだよ。結局、僕は何もできない、女の子一人守れない、ダメなやつじゃないか……。たまらなく惨めで、苦しくて、泣きたくなってきた。なんで僕はこんなにもあいつと違うんだろう。僕なんか、きっと存在する価値なんて、どこにもないんだ……。
と、そこで、ふいに山岸の言葉が浮かんだ。彼女は言っていた。一緒にお話しするなら、ワッフドゥイヒより断然僕のほうがいいと。そう、間違いなく言ってた! 銀髪のかっこつけのイケメンなんてお呼びじゃないわ、みたいなことを!
おお……山岸……。彼女の笑顔を目に浮かべると、とたんに活力がみなぎってきた。砂漠で野垂れ死にしそうになったところでオアシスを見つけたみたいな心境だった。彼女に内緒でお姫様とのデートを企てるなんて、僕は何てバカだったんだろう。彼女さえいれば、他に何もいらないはずなのに……。
だが、そのとき、
「ワッフ! こんなところにいたのね。急に飛んで行っちゃうんだから。探したわよ」
聞き覚えのある女の子の声が耳に飛び込んできた。見ると、道の向こうから、黒く長い髪の女の子が駆けてくる。彼女は僕と同じ学校の制服を着て、首に緋色のストールを巻いている。
や、山岸!
その瞬間、僕の脳細胞は再びすさまじい速さで仕事し始めた。(二回目)山岸がここに来るって一体どういうことだろう。ワッフドゥイヒのことを探してたって? つまり今まで彼と一緒だったってこと? なんで、どうして? っていうか、そもそもなんで「ワッフ」って親しげにあだ名で呼んでるの? そういう仲なの? 仲いいの、君達――。
と、そのとき、僕はものすごいことに気付いた。山岸はなんと、眼鏡をかけていなかったのだ。そう、可愛い素顔をさらしていたのだ……。
こ、こここここれはつまり……。
僕の脳細胞はまた超フル加速しはじめた。(三回目)女の子が眼鏡を外してかわいい素顔をさらすときってどういうとき? そりゃもちろん、好きな相手に本当の自分を見てほしいとき! ダヨネー。で、山岸の好きな相手って誰かなあ? きっと、かっこいい人だよね。女の子だもんね、イケメンが好きだよね。他のどうでもいい男の前では、「イケメンと話すのは苦手」とか、どうでもいい男のプライドを慰めるようなこと言うけど、本当はみんな、誰だって肉食系イケメンが好きなんだ。だから、親しみをこめてあだ名で呼んだりするんだ。それで、きっと、どうでもいい男には内緒で、異世界の街でイケメンとデートしたりするんだ。昨日、お互いのこれから書く作品の内容を内緒にしようって言ったのはこういうことだよね。結局、山岸はデートしたかったんだよね、ワッフドゥイヒと……。
「はは……ははは……」
乾いた笑いが口から漏れた。僕には山岸しかいないと思った次の瞬間にこれだよ! もう笑うしかないよ……。
「あ、早良君、ここにいたんだ?」
山岸は普通に僕に近づいてきた。だが、僕はもう彼女の顔をまともに見ることができなかった。
「どうしたの? 私ずっと、早良君のこと――」
「ど、どうせ僕は草食系男子だよ!」
たまらず、強く叫んだ。
「ああ、そうさ! 僕はおでんは大根が一番好きだよ! 湯豆腐の白菜なんて最高だよ! そういうのが似合う男だよ、どうせ!」
「え、ちょっと、何言って――」
「そりゃ、僕だって肉の似合う男に生まれたかったよ! でも、焼き肉食べに行くにも、一人じゃ無理じゃないか! 一人焼き肉とか難易度高すぎじゃないか! じゃあ、お野菜だろう。そこに落ちつくってもんだろう。それが人間ってもんだろう!」
「お、落ちついて、早良君!」
瞬間、山岸の手が僕の頬を打った。
い、痛い……。気がつくと、そこは高校の校舎裏だった。眼鏡をかけた山岸が僕のすぐ前に立っている。
「いったいどうしちゃったのよ、早良君。何かあったの?」
山岸の顔と声は、僕をとても心配している感じだった。
でも、そんなのどうせ、嘘なんだよな……。そうだ、女の子が僕を心配するわけないんだ。僕は永遠のダメなぼっちなんだから。
そう、今だって現に平手打ちされたし。痛かったし!
「や、山岸さんは僕をいっつも叩くけど、叩かれてる僕の気持ちなんてわからないだろう!」
「え? え?」
「痛いんだよ! 何で僕ばっかり嫌な思いしなくちゃいけないんだよ! 何が平和でほのぼのだよ! ちゃんとそれっぽいイベント書いたのに、実際は殺伐でむかむかで、危うく死にそうだったよ! 意味わかんないよ! うわあああんっ!」
涙目で叫ぶと、僕はその場から脱兎のごとく走り去った。そして、その勢いのままに職員室に入って、担任教師の机の上に「体調がすぐれないので今日は早退します」とメモを置き、その通りに家に帰った。もう授業なんて受けてられなかった。心の底で毒の沼が沸騰しているような、とてつもなく激しく嫌な気持ちだった。
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