回想録 その14 「滅多にいないかもしれないけど」

宗十郎の人間性を知るにつれ、僕は、彼に対する不信感や嫌悪感のようなものは薄れていってた。何より彼は、


『俺を信じてくれ』


みたいな言い方はしなかった。口でそう言うんじゃなく、普段の振る舞いで信用に値する人間だということを示そうとしてくれてた。


相手に自分を信じることを強要する人間に、本当に信用に値する者はいないと僕は思ってる。


確かに、元々信じてくれてる相手に安心感を与えようとして『信じてくれ』と語り掛けるのは、方便としてはありだと感じる。僕だってそういう形なら使うこともあるかもしれない。だけど、自分を信用してない相手にそれを言うのは、傲慢以外の何ものでもないだろうな。


宗十郎は、それをしないんだ。だから『信じてもいいのかな』って思わされた。


実際、彼は、ただただ誠実で真摯に毎日を過ごしてた。そんな彼に、僕も、つい、


「宗十郎はどうしてそんなに真面目なの?」


と訊いたことがある。すると彼は、


「……<贖罪>……かな。俺も先の戦争ではたくさんの人間を殺してきた。それが<役目>だったし『戦争とはそういうものだ』と言ってしまえばそれまでなんだが。だからといって命を奪うことを正当化するのは違うと俺は感じてる。たとえ公に問われることはなくても罪は罪として向き合う必要があると俺は思うんだ。


加えて、多くの仲間が日本に帰って家族に会いたいと願っていたのにそれを果たせず命を落とした。なのに俺だけが生き延びてしまった……そう考えると、な……」


寂しそうに目を伏せながらそう語る彼を見て、僕も、いつまでも彼を毛嫌いしてるのはおかしいと感じたんだ。


同時に、彼が母を誘惑したり、母が彼に心を奪われたりってことを心配してたんだと思うけど、何年も一緒に暮らしててもそういうのがなかったから安心したっていうのもあるのかな。


男女がこうやって一緒に暮らしていて、まったく<気の迷い>すらないというのは実は滅多にあることじゃないのは僕だって知ってる。でも、少なくともその<滅多にない事例>が僕の前にあるという事実は認めないといけないよね。


たぶん、この時の経験が、アオと出逢った時にも活かされたんじゃないかな。彼女のような人間は滅多にいないかもしれないけど、でも、現に、僕の前に現れてくれた。


その事実とちゃんと向き合わないと駄目だって思ったんだ。


宗十郎のような人間は、他にもいる。


そうだ。彼や、アオのような人間も確かにいるんだ。その事実に目を背けて、


『人間なんて全部眷属にしてしまえばいい』


なんて考えは、<傲慢>以外の何ものでもないんだよ。


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