回想録 その5 「初めての日本の友達」

ここからしばらく、僕が日本を意識するようになった最初のきっかけについて語っていこうと思う。


僕にとって初めての<日本人の友達、宗十郎>について、ね。




彼の名前は、吉祥きっしょう宗十郎そうじゅうろう。旧日本陸軍の軍人。それ以外の詳細な身分とかについては、彼は一切口にしなかったから分からない。軍人として話せないというのを貫いていたみたいだね。


第二次世界大戦末期、おそらく樺太でソ連軍に捕らえられてシベリアへと移送されたらしい。この辺りの詳細も彼は口にしなかったから、僕は知らない。もしかすると、彼は、公にできない特殊な任務に就いていたのかもしれない。今から思うと、それを窺わせるような独特の雰囲気が彼にはあった気がする。


でも、普段の彼は、とても温厚で人懐っこい性格で、情に厚く、義理堅かった。それもあって、多くの仲間や友人達が亡くなって日本への帰還が永久に果たせなくなったのに自分だけが生き残ったことに強い後悔の念を抱いてしまい、日本への帰還を望まなかったのかもね。


加えて、もしかすると彼が就いていた任務のことも影響していた可能性もあるのかな。


いずれにせよ、彼は、僕の母に命を救われて、母と僕に看取られて命を終えるまで、『日本に帰りたい』と口にすることはなかったし、日本への帰還のために何か行動を起こすこともなかった。


ただただ、命を救ってくれた恩を返すためだけに、母の下で働いていたんだ。




その日は、朝はとても穏やかに晴れていたのに、昼過ぎから突然天気が崩れて、大変な吹雪になった。


母と僕は、争いを続ける人間達とは関わらないようにするために、<タイガ>と呼ばれるシベリアの森の中に隠れるようにして住んでいた。


それでも、時折、遊牧民らから、日用品の類を手に入れるために彼らの集落を訪ねることがあった。そしてこの時も、母は、そのために出掛けてた。


僕は一人留守番をしていたんだけど、吹雪いてきたことで、暖炉の火を絶やさないように、番を続けてた。吸血鬼である母は吹雪程度じゃ心配する必要もなかったけど、帰ってきた時に部屋が十分に温まっていた方がきっとホッとするだろうなと思ったんだ。


だけど、母が帰ってきた時、一人じゃなかった。背中に誰かを背負っていて。


「ミハエル。スープの残りを温めて。それとお湯。凍傷になってるから」


母の言葉に、僕も、


『人間……』


と察してしまった。吸血鬼は凍傷なんてまずならないし、万が一なったとしても自力で治せるからね。


それよりも、どうして母が人間なんか連れ帰ってきたのかが気になったんだ。


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