恵莉花の日常 その6

家に帰り服を着替え、恵莉花えりかは、玄関前の、いや、それ自体が玄関ホールも兼ねた温室で花の手入れをしていた父親のエンディミオンと一緒に花の手入れを始めた。


しばらくそうしていると、犬をつれた中年女性が通りがかり、


「こんにちは。相変わらずすごく綺麗ですね」


と声を掛けてきた。


「ありがとうございます」


恵莉花が笑顔で返す。


エンディミオンは常に気配を断っていてその存在そのものが近隣の人間には知られていないため、恵莉花がすべて手入れしていると思われている。


『本当はお父さんがほとんどやってるんだけどな……』


父親の存在を明かせないことは、正直、寂しい。けれど、事情はちゃんと理解できているし、父親の存在を自慢することで結果として自身の承認欲求を満たすようなことも彼女は必要としていないので、我慢できた。


「……」


そんな娘に対しても、エンディミオンはこれといって優しい言葉を掛けるわけでもない。ただ傍にいるだけだ。


けれど、決して娘の存在を疎んでいたり拒絶していないのは気配で分かる。ちゃんと受け止めてくれてるのが分かる。


恵莉花の方も、父親の不器用さは承知している。


幼い頃、恵莉花はエンディミオンと一緒に寝るのが好きだった。今では多少照れもあるので一緒には寝ないものの、高校に進学する直前までは一緒に寝て、一緒にお風呂にも入っていた。


そして、寝る時に、掛布団の取り合いをするのが日課だった。


「う~っ! う~っっ!! この~っ!!」


自分は全力で掛布団を奪おうとするのに、渾身の力を込めているのに、まったくびくともしない。


恵莉花はただの人間で、エンディミオンはダンピールなので当然と言えば当然だが、これがまあ、普通の人間の父親でも、当然、力は子供よりも強い。


こうして、恵莉花は、父親の強さを実感として知っていた。


体は自分より小さくても、力では絶対に敵わない。そんな父親が自分を受け止めてくれている。自分の存在を認めてくれている。この安心感は何ものにも代え難い。


でもこれは、母親であるさくらが、そうやって娘が父親と遊ぶことを許してくれていたというのも大きいだろう。


毎日、毎日、恵莉花はエンディミオンに挑み続けた。


「今日こそは、今日こそは勝ってみせる~!」


そんな風に言いながら、ぐいぐいと布団を引っ張る。


これを始めた頃は恵莉花もまだ小学校の中学年で、体もエンディミオンよりも小さかった。だから見た目にも勝てなくて当然だった。


でも、ダンピールであるエンディミオンと違い普通の人間である恵莉花は当然のように成長し、すぐに父親であるエンディミオンよりも大きくなった。だけどやっぱり敵わなかったのだった。


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