昔に比べても

「お~、いい匂い!」


夕食のカレーの用意をしていると アオが仕事部屋から出てきた。


「ちょうど用意できたところだよ」


ミハエルが穏やかに微笑みながら声を掛ける。


そんな二人の姿を見て、恵莉花えりかも、


『あ~、いいなあ、この関係……』


と思った。


『別に結婚とかするつもりない』


とは言っていても、アオとミハエルのような関係を築ける相手となら結婚してもいいとは思っていた。


だけど、現実問題として、今の自分の周囲にそれを実現できそうな人間がいない。


その一方で、椿つばきが言うように悠里ユーリとなら確かにこういう関係を築ける可能性はありそうな気もする。


ただ、『男女の関係として好き』かと言われれば、少なくとも今はまったくそう思えない。


そもそも、<見た目>からしてヤバい。いくら実年齢がもう十四歳だと言っても、外見上はやっと四歳くらいになるかどうかっていうそれだ。たとえ二十歳になっても、今よりほんの少し大きくなるだけ。


たぶん自分が三十代四十代になっても、外見上は<幼児>のままだ。


『それで付き合えるワケね~だろ~!!』


とは思う。


『ミハエルパパの場合は、アオママと出逢った時には実年齢だともう<おじいちゃん>だったって言うけど、悠里は実年齢でも私より年下じゃん。


しかも、秋生あきお安和アンナじゃもっとヤバいでしょ。


ないわ~、それはないわ~……!


ってか、外見年齢が五歳とかそこらじゃ子供も生めないし!』


恵莉花えりかの言うことももっともだ。


いくら相手が人間的に素晴らしくても、『内面重視』と言ってみても、ものには限度というものがある。


悠里や安和は<結婚相手>にはなりえない。


『まあ、実年齢が十分に<成人>で、本人同士が望むなら口出しはしないけどさ……』


とは思いつつ、


『でもやっぱり私には無理! 無理だって思うものを無理やり結婚させるのとかもおかしいよね!?』


とも思う。


確かに、本人が『無理!』と言ってものを無理に結婚させるつもりも、アオやミハエルやさくらやエンディミオンにはなかった。




かように、人間として人間社会で生きていくには考えないといけないことがあまりにも多い。


技術が発達し<便利な道具>が増えたことで『楽になった』と言われるが、その実、社会構造はますます複雑になり、


やらなければいけないこと、


考えなければいけないこと、


配慮しなければいけないこと、


は、むしろ増えているのではないだろうか?


電話一つ利用するのですら、固定電話しかなかった頃には電電公社(後のNTT)に申し込ば料金プランさえ精々片手で足りる程度だったものが、今ではNTTだけでなく多数の携帯電話会社が存在し、それぞれが何種類もの携帯電話機を販売し、いくつもの料金プランを提供している。


利用者は、


携帯電話機を選び、


自分に合った料金プランを検討し、


利用代金の捻出に頭を悩ませ、


さらには、携帯電話のセキュリティを考え、


ネットリテラシーを考慮し、


そして携帯電話の交換時期も考えなければいけない。


黒電話一つで済んでいた頃とはまったく違うのだ。


それだけを見てでさえ、現代社会を生きることは、昔に比べても決して『楽』になどなっていないはずである。


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