星の光を浴びながら
話を続ける妻と娘。
延々と昆虫の観察を続ける息子と叔父。
そんな光景を見詰めながら、ミハエルは穏やかな表情をしていた。
『この世界は残酷だ。冷酷だ。ほんの些細な願いさえ踏みにじられることもある。だけど、より多くの人間が幸せを掴める素養はもうほとんど整ってきてるんだ。
誰もが穏やかに生きていけるだけのリソースが確保できなかった時代には取捨選択が必要だった。でも、人間は、より多くの人間を生かせるだけのリソースを生み出すことに成功したんだ。
確かにその過程において数々の失敗をしてきて、今、そのツケを払わされてるという面があるのも事実だと思う。
でも、人間の<知恵>は、それさえいつかきっと清算してみせるよ。人間自身がそのための努力を忘れなければね。そして、アオやさくらや美千穂やボリスをはじめとした人間達がそのための努力を続けてるのも事実なんだ。僕はそんな人間達が好きだ。
過去に多くの罪を犯してきたのは吸血鬼も同じ。僕達吸血鬼に人間の罪を責める資格はない。だけど手を取り合ってこの地球に生きる<仲間>として幸せを築いていく努力ができる可能性を僕は教わった。今、僕の目の前に可能性そのものがある。
その可能性を守っていくのが僕の役目なんだと思う。
さらには、今、僕と同じことをしている吸血鬼も、世界中にいる。たとえ僕が失敗したって、誰かが繋いでくれる。
その現実を知ってる以上、諦観は美徳じゃないよ。『どうせ駄目だ』とか『無理だ』とか、分かったようなことを言って短絡的な方法に走るのは心の弱さの証拠だ。
アオもさくらもちゃんとそれを分かってくれてる。そんなアオやさくらを見て、
その歩みはどんなに遅くても、波が百年千年をかけて岩を削るように、進むことをやめなければ、いつか人間は戦争を放棄することだってできると思う。五年や十年で実現できないからって諦めてたら、今の世界の礎を築いてきた先人達を冒涜してることになるんじゃないかな。
僕自身、正直、吸血鬼として生まれてきたことを恨んだ時期もあった。諦めそうになった時期もあった。だから日本にまで逃げた。
でも、だからこそ逆に、逃げることも時には必要なんだなとも学んだかな。おかげでアオに出逢えたんだしさ』
そう思いながら空を見上げると、どこまでも落ちていきそうな<闇>の中で、無数の光が瞬いていた。
そんな星々に比べれば吸血鬼の命さえ一瞬だ。なら、その一瞬一瞬を繋げることで<目的>を成し遂げていけばいい。
降り注ぐ星の光を浴びながら、ミハエルは改めてそう思うのだった。
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