ベタな話
アオは
「フィリピンを訪ねたセルゲイが、ジャングルの中で倒れていた少年を見つけるの。
で、その少年は、難病で入院中の弟のために伝説級のコーカサスオオカブトを探してるって話なんだけどさ」
大まかな内容を披露する。
「それはまたベタな話だなあ」
自分が経験したそれとはずいぶんと変わってしまった内容に悠里が苦笑いを浮かべる。特に、
『少年が難病で入院中の弟のために伝説級のコーカサスオオカブトを探してる』
という部分が皮肉すぎる。実際にはそれは嘘だっただろうから。
するとアオは、
「娯楽作品だからね。結局、ベタな展開が喜ばれるんだ。悠里が実際に見たようなのをそのまま描いたら、読者に『ふざけんな!』って言われるよ。
まあ、それ以前に、さくらにボツにされるだろうけどさ」
と、肩を竦め首を横に振りながら言った。彼女も、仮にも<商業プロ>としてある程度はわきまえていた。
現実は、悠里が経験したような何一つすっきりしない、ただただ気分が悪いだけの結末に終わることが多いだろう。
『現実はクソ』
などと言われる所以である。
対してフィクションの場合は、読者や視聴者が望むイベントが起こり、読者や視聴者が望む形で結末を迎える。
たとえそれが<鬱展開>や<胸糞展開>と呼ばれるようなものであっても。
明確な決着もつかずに曖昧なままでうやむやに終わるようなものは、
『読者や視聴者を馬鹿にしている!』
として嫌われることが多い。
アオもそれは承知している。
承知していながらも、ついつい、
『明確な決着がつかず曖昧でうやむやに終わる』
という話を書いてしまうことがある。
以前はそういうのではなく、とにかく自分の趣味に走ったものを書いてしまうことが多かったのが、今では、
『現実に起こりうる、何一つすっきりしない嫌な出来事に遭遇した際に、自分はどう望むべきか?』
といった点について、悠里や
そういう事態に直面した際に自分がどう対処するのか、自分はどういう心持ちでそれに立ち向かえばいいのかというヒントを残しておきたいからだった。
親として。人生の先輩として。
だから、分かる人に、伝わる人に伝わってくれればそれでよかった。評価されるために書いているわけじゃない。自分やミハエルが普段から伝えていることの補足として残しているだけだ。
けれど同時に、<商業プロ>として果たさなければいけない責任もある。
それを承知しているが故に、
<読者が望んでいる都合のいい展開>
を描くこともするのである。
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